突然ですが、不動峰語り。
いつも突発なのですが、久々に再生された『SCAR』(リップスライムさん)を聴いていて、これ完全に峰だな…と思ったので不動峰語りです。某ドラマの主題歌で、ドラマにも主題歌にもドハマりしたのですが、久々に聴いたらこれは峰でした。ということで追記から峰語り。ちょっと熱くなりすぎているので畳みます。今回は恋愛要素0%です。峰だけど杏ちゃん全く出てきません。珍しいほどマジです。
拍手ありがとうございます。たくさんの方にいっぱい押していただけて驚きました。おおお…ありがとうございます。頑張ります!ブログ拍手もありがとうございます。杏ちゃん誕に拍手ついててにやけました。午前四時半の出来事。
ということで追記より不動峰語り。
キャラdis、批判のつもりは全くないのですが、突き詰めすぎてキツい表現・感覚になってしまった部分があるので、不快に思われる方もいらっしゃるかもしれません。先に謝罪させていただきます。申し訳ありません。
全員が全員背中を向け合っている感じ。その背中には各々傷が付いているのだけれど、背中を向けあっているから誰にもその傷が知られなくて、だけれど傷が疼いて、その傷の理由を誰しも、自分自身すら気が付けない。そんな根暗な不動峰推しです。今回は杏ちゃん出てきません。割とマジで峰について語っています。恋愛要素はないです。たまにあるけど突然すみません。
橘さんが完全にクリーンな気持ちで不動峰テニス部を創設した、などという幻想は、多分部員全員になかったと思います。初めは妄信というか盲信めいたものがあったかもしれないけれど、それすら仮初だったような。
というのはやっぱり、橘さんを含む全員が全員、テニスやその指導者というものに、あるいは自分自身のテニスそのものに裏切られている、というのが大きいのかなあ、と思います。それは結局業みたいになって、取り返しがつかない一線を越えてしまっていて、だから、誰も妄信したりしないのだと思うのです。
橘さんは、「いつかこいつら全員を裏切る日が来るかもしれない」と思っていたと思うのです。実際、全国四天戦の千歳戦は明確な裏切りだと思います。キャラを悪く言うつもりでのことではないですが不快に思われる方には申し訳ありません。さらに続きます。さらに言えば、切原戦もある意味裏切りに近いと思いました。こちらは、千歳戦の前哨、というか、攻撃的ラフプレー≒封印すべきものという認識、からのいわゆるイップス状態、と個人的に認識しています。周りの言動とか、某ゲーム内の真田の言動等から概ね確定ルートかと。別にラフプレーをしなくても勝てることは分かっていたのに、相手のそれにそういった動きをしてしまうというプロセスを経て、千歳戦であばれ球の封印を解いて、それなのにフォアサイドに打たなかった、もしくは打てなかった(このフォアサイドの件は意識的でも無意識的でも両方有り得ると思っています。作中の表現では意識的が濃厚のように見えるのですが、どちらも有り得るかな、と)、というのは、どうしたって不動峰テニス部に対する裏切りです。
しかも、本人が予想し得る裏切り。千歳に対する様々を踏まえたうえで「テニス部を創る」ということは、その裏切りは織り込み済みの事象のはずです。
対する峰部員は全員、指導者や先輩という目上の存在に裏切られていて、傷つけられ、だけれどテニスを捨てられなかった、という集まりです。相互補助、とまで言ったら言い過ぎだけれど、何度も言っている気がしますが、鉄の結束、というのが確実にあると思うのです。そこに突然やってきた橘という男は、その鉄の結束の中に入るどころか持ち上げることすら辞さない存在で、だからこそ、劇的な程の差を痛烈に感じると思うのです。
自分たちではどうしたって解決できなかったことを、あっさりと言っていいほど単純に解決した(暴力沙汰はあった訳ですが)、橘という存在に対する、潜在的な不信のようなものがあるのかなあ、なんて。
不信、というのは橘さん自身への不信というよりも、それぞれの自分自身に対する不信です。「そこまでの実力がない」とか「信じ切る自信がない」とか「本当に大丈夫なのか」とか、そういう細々とした不信感。でも、部活が出来る、試合に出られる、という範疇においてはその不信感は瑣末なことで、多分忘れてしまえるのだと思います。
だけれど、ふとした時、というのは電撃オーダーとか、そういう微妙なラインの格付けを行わざるを得ない『不動峰テニス部』という橘桔平と自分たちが創りだしたものそれ自体に直面した時に膨れ上がる不信感なのではないかと思うのです。
だから、全く以てクリーンな『不動峰テニス部』などというものを信じている者は、少なくとも内部には一人もいない、という背中を向け合ってばかりいる不動峰妄想。
峰は全員に全部違うイズムがある気がします。これはテニプリにおいては峰に限った話ではないのですが、テニスは団体戦とかダブルスとかあるけれど、究極個人技なので、各人の競技や勝ち負けに対するイズムはわりとバラバラなイメージがあります。その中でもそれでも部内に一貫した信念があるよ、というのとも峰は違うというか。ヒールやライバル校(峰って最初は完全なるヒールだったんですよね、忘れられがちだけれど)だと手段を選ばない勝利至上の比嘉とも違うし、トップは一人と決めている氷帝とも違うし、名実ともに常勝を掲げられる立海とも違う。
峰は信念、というか「何かが壊れないように」という前提が全員にまずあって、その上で一人一人がそれを補完したり、補強したりするイズムを持っているのかなと思うのです。「全国に行く」というのとはまた違った話です。
それは『どんな手を使っても勝つ』とか『どんな理不尽にも耐える』とか、そういうレベルで幅があって、どうしようもないほどばらばらのイズムだと思います。一貫したイズム、というのがない。潔くもない、省みたところで傷が痛むばかりだし、どれが正解かなんて、行きつくところまで行きつかないと誰にも分らないうえ、誰も分かろうとしない、そんなひどく不安定な集団、なのに異様なまでに結束が強い、というのが個人的な不動峰に対する感覚です。そんな峰が好き。
というのを『SCAR』を聴いていたらまとめたくなったのでまとめました。てへ。こういう前提に沿った峰連作も書いてみたいですね。そんなのシリアスどころか鬱展開だよ!という。
峰のことを熱く語れる方がなかなかいないので、誰かお願いします。お願いします。(割とマジです)
不動峰が再燃して~と言ってたら「再燃も何もないだろ。いつも峰ばかりのくせに」と言われました。ひどいよ!最近は夏だからか四天が熱いです。あと、いつも通りだけれど柳さんについて考えると長くなります。ほら!峰だけじゃないよ!
という、萌えどころが一点もない日記でした。サーセン。