新年から柔蝮ばかり書いていたのでたまには違う話。ということでBLEACHに阿ネム一個追加しました。2010年に書いたものの続きです。続きというか、銀環を読まないと阿近さんが何言っているのか意味不明な不親切設計です。申し訳ありません。6年前っていうか7年前っていうかそのくらい前に書いたものがまさかこういう形で原作の最後の最後で答えが出ると思っていなかったので、改めて。阿近独白で七號とひよ里の話。
昨年、「六道輪廻の五道に堕する」で天道を阿ネムとして八號と阿近の話を書きました。あのころから考えていたけれど、たぶん、私の中の阿ネムを突き詰めたものは「天」です。気付いくださった方もいて伝わっていて良かったなあと本気で思うと同時に、たぶんこれ以上は書きようがないと思いながら六道を書いていました。伝わってよかった。だから、今回の話の延長線上に「天」があると思って書きました。銀環がありDeus ex machinaがり天があるという、6年も前からずっと一本の線上だけで話が続いていく阿ネムは恐ろしいです。もう本当に何度も書いたので割愛しますが、私にとって原作最終回一話前で発覚した「阿近副隊長」と「眠八號」は、というか副隊長の方がずっと考えていた「阿近の最終的かつ最上で最低の選択」そのものだったんですよね。自分が副隊長になるということはひよ里は帰ってこない、ネムもいないっていうどうしようもなく選択的な、消去法的な方法でしか阿近は副隊長にならないだろうと思っていたので、まさしくそうなったらBLEACHを読んでいた意味がここにあったんだなあと本気で思いました。嬉しいとか悲しいとかそれ以前に思い切りぶん殴られた気持ちでいっぱいだった阿近副隊長の登場シーン。何度も言いますがキャラヒエラルキートップは阿近さんだから仕方ないですね。
Deus ex machinaは、「銀環」をあらためて読んで再構築していたらなんというか「映画一作目の素子さんだなあ。阿近さんもネムちゃんも(GHOSTINTHESHELL)」と思ってつけたというか、まあそんな感じではあるのですが、機械仕掛けの神、という意味です。ラテン語!そういえば阿古屋一回目を見た時にハリウッド版GHOSTINTHESHELLのチラシがあったので思わずもらってきました。素子さんのビジュアルは想像以上にいいんだけども…裏を読んだらなんか違う話になってるゾ。原作とも映画とも違う話になっとるゾ。そこはかとない不安を感じる。
これから先、阿ネムとか阿ひよとか書くのか、書けるのか、途轍もなく疑問なのですが、多分にして私のことなので書くと思います。その中で、「天」と「Deus ex machina」の二つはすべてのあとがきです。たぶんどんな話を書いても、私の想像の範疇の阿近さんはこの二つの話に収斂すると思います。そしてすべての前提は「銀環」です。技術開発局でひよ里という副隊長に出会って、彼女を不意に失って、ネムという少女に出会って、彼女が副隊長になって、というすべての前提がないとこのサイトの阿ネムと阿ひよは成立していません。我ながら難儀だなあと思いました。
BGMは「月光」(鬼束ちひろ)「謡Ⅲ」(川井憲次)「弁解ドビュッシー」「依存症」(椎名林檎)「少女モラトリアム」(●テラピコス)こんな感じです。古い曲ばっかりだなあ!(わりと終末感にあふれたプレイリスト「阿ネムっぽい」。プレイリスト名からして何かおかしいですね。)
拍手やブログ拍手ありがとうございます。連日いろいろぐるぐるしている中反応をいただけて嬉しいです。遅くなりましたが金造くん!ありがとうございました。
追記に何となくプレイリスト阿ネムの曲でちょっと語りたいの2つ。
「弁解ドビュッシー」椎名林檎の「勝訴ストリップ」収録なのでだいぶ古いんですが、これ好きなアルバムなんですよね。これの中の「真の慈愛等恐らく最初から欲しくなかった」がだいぶ阿近さんとネムちゃんの関係だなあと思います。「本当は全部大事である 本当は全部ラピッシュであろう」「本当は全部真理である 本当は全部トリックであろう」っていう最後のところもわりとこの、このどうしようもない感じが。「本当は」という注釈が付かないと話が進まない系科学者のくせに、そう言ったその直後に「本当は全部いらないものだし、本当は全部仕掛けでしかない」って言い捨ててしまう感じなんだろうなあって銀環書いている時から思っていたのでそんなものですね。
「謡Ⅲ」川井憲次の攻殻機動隊映画一作目のサントラ収録です。目玉落ちるかと思ったのですが、ディスクの情報見たら1995年だそうです。古すぎてびっくりした。これいつ手に入れたCDでしょうね。(私は攻殻の映画は従兄に無理やり見せられたのが初めてなので余裕でリアルタイムでは見ていません。)最後の「遠神恵賜」っていうのがとても阿近さんというかマユリ様にとってのネムちゃんだなあと思います。傀儡謡の方じゃなくてこっちだと思うの。でも「Follow Me」はちょっとというかかなり阿近さんっぽいよね。「廻りそして落ちていくのです」ってなんというかものすごく阿近さんっぽいですね。映画版のバトーっぽさがあるのかもしれない。ないのかもしれない。
どっちの曲でも結局、みたいになってしまうんですが、阿近さんにとっての神とか、似姿とか、理想とか、そういうものがネムちゃんなんじゃないかなっていうのが6年以上前からあって、その基盤を造ったのは「猿柿ひよ里を不意に喪失したこと」で、そこから理想我としての涅ネムっていう心理状況になっているのではないかなと思っていました。フロイト!(恋愛抜きで)理想我っていうとどうしても恋愛っぽくなるんですけども、たぶん違う。現実我と理想我の中間地点ではなく、理想我の保存概念的なものがこびりついて離れない阿近さんとネムちゃんって思っています。理想我なんてどこにもいないんだよって気が付かないように慎重に、周到に、気づいていないふりをしながら、思っていました。というようなことを6年前から考えていたら、一昨年ネムちゃんの出自が分かり、そこに阿近さんも一枚かんでて本気でびっくりして、昨年目出度く阿近さんが副隊長になったのでほんとにびっくりしたよね(軽い)。