そんな内容のベルアンを一話更新しました。
エスカトロジーって何だったかなあと30分くらい考えて「終末論か!!」と謎のアハ体験をしてから終末論と言えばゾロアスターも終末論だなあと思って書きました。
なんというか、いつもアンリさんの「アンリ・マユ」としての側面というか、神としての側面について考えていることが多くて、そもそもベル様は「悪神であるアンリ・マユ」が「俺様の永遠」で、それを壊されたことが怒りの原動だっただなあと思うんですよ。
だけれど、悪なる世界、善なる世界の善悪二元論でいつか世界が完成する、っていうことをさもサモでは左門くんと天使ヶ原さんという存在が否定していて、じゃあその時に悪神と善神と大いなる天蓋はどうなるの?という話でした。
さもサモにおけるアンリ・マユとスプタン・マユが闘争を始める以前の世界ってもしかしたら完璧な世界だったのでは?そしてアンリさんにその世界で戦い続けることはあまりにも酷なことなのでは?と思うのです。
悪神でありながら女の子としての心があり、女王としての矜持があり、神としての威厳があるという、たくさんの要素があるからこそ、善か悪かを選び取る世界で戦い続けることが無意味なことを知っているのではないかな、なんて。
だからこそ友達が欲しいと思ったり、恋人がほしいと思ったりするのでは?と。
でもすでにそうなってしまっている作中のアンリさんはもしかして善悪二元の世界のどちらかの完成に興味を失っているのではないかなとか、重すぎて投げ出したい気持ちもあるのではないかなとか思うのでした。
そんなアンリ・マユとベルゼビュートの終末のはなし。