そんなⅡライ

10周年企画の方に「滅びる」というタイトルでⅡライを書いていたのですが、なんとなくいろいろ続きというか、もっとライネス嬢を悩ませたいななどと思い、企画の掌編をベースに少しだけ長くしました。
ピクシブさんに投げてきたのですが(HTMLいじる余裕がなかった)、こちらにもぺたりと上げておきます。追記からどうぞ。なんとなく後書きなども追記に。

 

失うなら、すべてを。
奪うなら、すべてを。

魔術とは神秘の探求であり、とくだらない、当たり前すぎて実にくだらない講義を、私はぼんやり聞き流していた。退屈が過ぎて、窓に目をやった。雨、と小さくつぶやく。このロンドンでは雨の降っていない日の方が珍しい。法政科の授業は兄上の講義に比べてひどく退屈だった。
そうして私ももういい歳だな、なんてまだ幼いくせに思った。
今、雨のロンドンに兄はいない。
いつも通りの雨。いつも通りのくだらない講義。いつも通りに不機嫌な顔でグレイに世話を焼かれ、傘の一本も用意できない兄は、いない。

たくさんの神秘が興って、滅んで、たくさんの文明が興って、滅んで、私たちは今ここにいる。

そう。

神秘も文明も、何もかも滅ぶと知っていた。

その日のロンドンも、さあさあと雨が降っていた。霧雨はすべてを隠すように、降り込める雨とは違う。すべてを隠すように霧を生みながら、ささやかな音を立てて石畳に座れていく。
ポーンとフラットの間抜けなチャイムを鳴らせば、面倒そうにドアに向かってくる音が聞こえて、それからここの所有者はエルメロイ家な訳だから、もういっそのこと合いかぎで入っても怒られはしなかったのではないか、などと考えた。
そう思ったところで、ガチャっと玄関のドアが開く。

「君か」
「やあ、我が兄。ご健勝で何より」

どのくらいぶりだろう。この兄の姿をこのフラットで見るのは、本当にどのくらいぶりだろう。
そんなに時間はかからなかったはずなのに、どうしてか1年とか10年とか会っていなかったような気がしていた。可笑しな感情だった。

「まあいい。グレイがいないのでね、紅茶の味は保証できんが」
「いただくとも」

彼は平然と私が紅茶を飲むことを受容した。
私は平然と彼と紅茶を飲むことを受容した。

その奇跡に近しい事柄に、私の精神は震えていた。それは恐怖からくる震えに似ていた。

「お前、ちゃんと授業は受けているんだろうな」
「当たり前だとも?これでもロードになるべく法政科なんぞに通っているわけで、我が兄が全面的に家庭教師をしてくれればなーんにも困りはしないのに」

男の淹れた旨くもなければ不味くもない紅茶を一口飲んでそう言えば、極東から帰ってきたばかりの兄は疲れ切ったように長く息をついた。

そうだ。この男は本当に昨日までこのロンドンにいなかった。
ロンドンどころか、イギリス中探したって見つからなかった。

この男は神秘を一つ消し飛ばした。
聖杯という、一つの神秘の具現を消し飛ばした。
自分自身と、一人の英霊をつなぐそれを、消し飛ばした。
あなたが拝したそれを、排して、壊して、滅ぼした。

「何を思う、我が兄」
「なんの話だ」
「ウェイバー・ベルベット、我が兄にしてロード・エルメロイⅡ世。あなたはあまたある神秘のうち一つを壊し、あなたは最も拝した存在から遠ざかった」
「それは違うな」

兄は即答した。それから紅茶をことんとテーブルに置いた。

「私はね、レディ。今のこの生活も気に入っているし、何よりも、君にさえ認められない程度であの男に並び立てるなんて思ってもいないのさ」

そう言って兄は笑った。

「本当だ。聖杯なるものがあるとして、それが万能の願望器だと言うなら、なぜライダーなどに彼がなる?いや、私は聖杯を知っている。知っているが、違う。例えば、それが万能の願望器なら、どうしてこの生活を私は守るだろう」
「それ、は」
「そうだとも。だからね、気に入っているんだよ。煙草の煙が染みついた借金まみれの部屋も、静かな教室も、神秘のような弟子も、そうしてそれから、私を飽きさせることのないうるさいレディもね」

そう、兄は言った。

私がロードという地位に彼を縛り付けたはずなのに、それは私だったはずなのに、いつの間にか彼は当たり前のようにその場所にいた。いてくれた。

すべてを失わせて、すべてを奪い取って、そうして縛り付けたと思っていた。
だけれど、本当の意味ですべてを奪われて、失ったのは、私の方だったのかもしれない。

失うなら、すべてを。奪うなら、すべてを。
私はこの男の、兄というこの男の一片たりとも失いたくなどない。
この男の一片の欠片さえも奪い取りたい。

「だから、この退屈さにももう慣れた。君はどうだ、ライネス」

私のそんな思考なんて読み切ったとでも言うように、名探偵のふりをした兄は言った。
兄、か。
では私は失わずに済んだのだ、奪うことが出来たのだ、と、やっとのことで思いがこぼれた。

あの聖杯戦争という一つの奇蹟を壊してみせた男を、私は繋ぎ止めている。まだ、今はまだ。

いくつの神秘が、いくつの奇蹟が、いくつの滅びが、彼を苛んだだろう。
私には計り知れないかもしれない。
だけれど、隣にいることを彼は許してくれる。

ああ、私はこの男をこんなにも愛している。
その奇跡、その秘密。
ああ、この男は私を、神秘を、遠い誰かを、こんなにも  している。
その事実。その現実。

「満足だ、この上なく」
「だったら紅茶を飲んだらさっさと帰ってくれ。明日の授業の準備がある」

そう、滅びさえ乗り越えた男は言った。
私は、日常が帰ってきたことにひどく安堵して、一粒だけ涙を溶かして紅茶を飲んだ。

 

 

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そんな聖杯解体後のⅡライ。後書きと言っても何かありそうでないのですが、一つだけ。前にも書いたのですが、これがもろにという感じで、ボカロの●テラピコスさんの曲をずっと聞いていました。「少女モラトリアム」とか「つごもり」とかタイトル不明の「覚めない夢のように」で終わるのなんかもろにライネス嬢だなあと思います。

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