ぐだぐだ邪馬台国と新選組のまとめ

などちょっと書いてみようかなと。普段は感想は箇条書きなのですが、今回はちょっとまとまった文章にできるようなできないようなと思いながら書いてみます。

あほほど長いです。

 

※ピスメ時代を知っている方はご存知かもしれませんが、管理人は新選組狂いです。
そういうこともあって、ピスメの話や燃えよ剣とかそのあたりも出てくるかもです。

最初はですね、本当に「一ちゃん」とか言ってくる斎藤さんに目玉飛び出るかと思って。へらへらした斎藤さんin石川さんボイスに「うわ、この人なに怖い!?」とか思っていたら彼女持ちだったでござる。
沖田ちゃんって何…沖田ちゃん?ちゃん付けis何?ってもう邪馬台国とかいうとんでも世界で沖田ちゃんって言ってるのに頭が大混乱したんですが、今思えばこの時点で、というかこの先起こるすべてで「沖田ちゃん」は斎藤さんが二重スパイなことを知っていたんだなあと思ったらずしっと重くて。

「いつも見届けさせてしまう」という沖田さんと「別にそんなつもりないよ」という斎藤さんが立ち会った時が一番怖くて。怖いというのはまたちょっと違うのかなと思いながら、とにかく斎藤さんが「ここを通す条件」とまで言って沖田さんを山南さんのもとから引き離そうとして、自分を削るように、自分の無敵の証明だと言い募って、自分自身を削り落としながら沖田さんを守ろうとして、それを土方さんも分かっていたから「沖田」と「沖田ちゃん」とそして看取らせたくなかった山南さんも「沖田君」を守ろうとしていたんだなと思って。女扱いとか病弱扱いとかじゃなくて、単純に仲間を守ろうとしたんだなと思うのです。

「沖田!」と叫んだ斎藤さんが本当に怖くて、つらくて。ああ、そうまでして仲間を守って、見届けて、看取ってきたのが斎藤さんなんだな、と。
そのことを全部沖田さんは分かっているんだな、と。猛者と無敵というけれど、その内実はただひたすらに互いを高め合って、助け合った剣だったのではないかなと山南さんの言葉に思いました。

本当の意味で助け合いたかったのは山南さんだったのではないかなとも思っていて。
土方さんと分かり合いたかった。「分かり合えてるかどうかの答えは たぶんどこにもない」って鬼束さんの「私とワルツを」なんですが、土方さんと山南さんは互いをあまりにも信じすぎたために、互いの暗い部分を信じすぎたために分かり合えていたのに分かり合えなかったのかな、と。むしろこの二人は相手のことを知り尽くしていたからこそ、分かり合えなかったのではないのかなと思います。
そうしてそれを俯瞰していたのが斎藤さんで、ずっと分かり合ってほしいと思っていたのが沖田さんなんだろうなあと。だけれど、それでも沖田さんは土方さんというか新選組についてしまう。当たり前のように。
だからその最期は土方さんではなくて沖田さんで、ピスメの話を前にツイッターで書いたのですが、竹光を抜いた山南さんに反射的に斬りかかった沖田さんというのが私の中の山南さんと沖田さんの一つの形だったところがあって「竹光…?」と放心した沖田さんは、山南さんのことを信じていたのに、それでも近藤さんと土方さんと新選組とともに歩むことを止めなかったのだろう、と。
それはFGOも一緒で、山南さんを信じているし、大好きだけれど、私はそれを選べない、という沖田さんを分かっているから、上で書いた通りに「沖田」も「沖田ちゃん」も「沖田君」も守ろうとして、それでも沖田さんは戦ったんだなあと思うのでした。

芹沢鴨という局長がいたことをなかったことにしなかったことにも感謝しかないです。芹沢さんを土方さんと山南さんと斎藤さんと沖田さんが討ったことをなかったことにしてくれなくて本当に良かった。始まりに芹沢さんがいて、その人を斬った時から山南さんが軋みだした、と思っているので、だから山南さんは逃げなかったんだろう、と。もう終わりにしたかった、だけれど別の未来があったかもしれない、と考え続けた山南さんが芹沢さんについて、それでも最後は斬ったそれが、山南さんはそれでも未来を信じ続けたんだな、と。だから近藤さんに「山南が謝っていた」と伝えてほしかったんだな、と思うのです。

その最期までを見届けてしまう斎藤一という男の重たさに、なんと言えばいいのかな、永倉さんとも違うんだよな、この人は。
土方さんも、山南さんも、沖田さんも、斎藤さんも、必死にあがいて、もがいて、歴史なんてんじゃなくてその一瞬一瞬を必死に生きたんだということを描いてくれて、本当に嬉しかったです。確かに史実の出来事なんだけれど、新選組がたくさんの小説だったり漫画だったり、こうしてゲームでも題材として取り上げられるのは、こういう鮮烈な生き様があるからで、でもそれは当人たちがそうしようとしたのではなくただただそう在るしかなかった、という人たちだったんだろうなあと思います。
そのすべてを見てしまう、見届けてまう、看取ってしまう斎藤一という男については、これからもいろいろ考えたいなと思います。

本当に好きです、今回のイベント。後半楽しみ!

追記
鬼束さんの「月光」と「私とワルツを」が斎沖の二人だなあと思っていたのですが、なんとなく新選組全体、この古代であったこと全体、と思うと椎名林檎さんの「本能」もそうなんだよなあと思いました。「約束はいらないわ 果たされないことなど大嫌いなの」とか「終わりにはどうせ一人だし この際空の真実を 押し通して絶えていくのがいい 鋭いその目線が好き」とかなんていうか、はい。

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