少し突き詰めて考えたいなと思っていたのですが、小説にするにはあまりにもアレなのでブログで。
イベントも終わって実装もなかったので(というかうちのサイトにFGO読みに来ている人がどのくらいいるのか分からないので)とりあえず畳まずに置いておきます。
うーん、何回考えてみても土方さんと山南さんは分かり合っていると思うんだよなあ、と。
しかし分かり合い方の方向性を間違ったというかミスったレベルの問題なんだと思います。新撰組時代の話をすれば、前ツイッターでちらっと書いたのですが、死に対する価値観は完璧に一致していたと思うのね。タナトスというかデストルドーですけども、死への欲動と抑圧という意味において「ここで○○が死ぬ」「ここで〇〇を殺す」という死への価値観が一致していたのが最悪の結果を生んだのでは?と○○と書いたけれどそこに入るのは土方であり山南なんですよ。最も逆らい難い欲動と呼ばれるデストルドーへ向かっていながら、というか向かっていたから山南さんは切腹したし(その方向性に間違いがないと思っていたし)、土方さんは転戦に転戦を重ねたのかなあ、と。斎藤さんの生き残ることが取り柄というのは取り柄とかそういう問題じゃなく、こういう死への欲動に取りつかれていなかったからでは?と思います。
分かり合っていた、という点において「互いに副長で規律を敷く」という点も一致していたからこそ沖田さんから逃げなかったし、近藤さんが止めても斬れと土方さんは言ったし、山南さんはそれを受け入れたと思っていて、それは「ここで死ぬことが新選組の利益だ」という死への価値観が一致していたから、かなと思って、こ、この二人どうかしているほど理解し合っているし分かり合ってる…と思います。
じゃあなんで邪馬台国であんなことになったのか、と思って、正直に言いますと、私最後まで山南さんは芹沢さんを裏切っている斎藤さんと同じ立場だと思っておりました。それが最後まで芹沢さんで「別の可能性」を考えていた、というのにいろいろとぶち抜かれました。
これが答えかと土方さんは訊きますし、恨むなら俺を恨めとまで言うあたり、土方さんも「近藤さん以外を擁した新選組の別の形」というものを山南さんが希求することを理解していたんだなあ、と。
理解していたけれどそちらに進まない土方さんと、理解しているからそちらに進んだ山南さん、という違いは、山南さんが過去のことを考えた時に「あそこで死ななければ」とか「あそこで殺さなければ」という死という価値観がズレたというか、本当に、邪馬台国の副長二人はズレたとかミスったレベルの違いでああなったんじゃないかなあ。それは逆らい難い欲動である「デストルドーからの逃避」を計った山南さんの問題なんじゃないかな、と。死からの逃避というよりは死の欲動(どこで死ぬべきかという点)からの逃避の結果かなあと思います。山南さんは邪馬台国にやったことから自分は早晩無残に死ぬことも予見していました。分かっていたけれど違う可能性に逆らえなかった。それは裏を返せば死への欲動から逃れられなかった≒違う形の死を希求してしまっただけ、のような。
さっきから言ってるんですが、土方さんと山南さんの邪馬台国におけるそれは、新選組の時に比べて「ミスった」とか「ズレた」とか「軽いエラー」程度の違いだと思うんです。本来的に二人の感覚にズレはなく、そこが分からないから沖田さんは逃がそうとしたし、齋藤さんは会津に残った。
大人と子供で話を書いたことがありましたが、本来的には死生観の一致と乖離が邪馬台国で副長二人を対立させた原因かなあと思いました。
馬鹿みたいに真面目な話をしていますが山南さんのことを考えれば考えるほどしんどいのでとりあえず。