タイトルのままですが、伊東先生と沖田さんと斎藤さんがなんかカルデアでやってます。伊東先生が召喚されたカルデアみたいですね。服部君と氏真様もたぶんいる。
だいぶ伊東先生の思考回路がやべぇ奴ですが、そもそもゲーム本編でもこのくらいにはやべぇ奴だったのでいいかなと思った。
あと斎藤君が後方彼氏面してますけども、別に何でもないんだよなあと思ったし、この話で一番ダメージ喰らってるの斎藤君なんだよなあと思ったら想像以上に可哀想で、はじめちゃんが可哀想で可哀想で(いつも)。
この話はフロイトの本から引いた話なんですが、どちらかというといとせんの精神性はユングの方が近い気がして、「呼ばれようと、呼ばれまいと神は存在する」っていうなんかもう世界の終わりみたいな自伝での話があるんですが、そのうちこれで伊東・山南・土方で不毛なロシアンルーレットでもさせたいですね。
恒常原則
「フロイトの用語に恒常原則という概念がある。これは、人間の心的装置が内在する興奮の量をできるかぎり低く、あるいは少なくとも恒常に保つように努めているという仮説である。知ってた?」
「?」
不思議そうにこちらを見た沖田君に構わずに続ける。聖杯というのは本当に便利だ、と思いながら。
「僕はね、常々新選組と言うのは不思議な組織だと思っていた。組織、というよりは集団、かな? 山南君でさえそうだ。どうして君たちはあんなに生き急いだ? 生き急いだ、というよりかは、死のうとした?」
「……え?」
今度こそ訝る様に呟いた沖田君だけではない。そうだ、山南君でさえ。
勤王だとか、攘夷だとか、佐幕だとか、ここまで来るとどうでもいい。カルデアに来てみていろいろと見聞きして、あるいは幕末にいた連中は多かれ少なかれそういう傾向があったとしても、だ。
「今でも思う。山南君の宝具を見るとなんて馬鹿なんだろうと。逃げれば良かっただろう、それだけの話だ」
「そう、でしょうか?」
「山桜なんて面白くもない。逃げれば良かっただけの話だし、何よりも、あの時代に殉じる意味はなんだったの? 心持ち? 精神性? 誰か? 何? 名誉? 違うだろ」
過去の特異点であったこと、甲斐であったことを見ていて思う。
斎藤君は土方君と別れる時に『死ぬまでやっていろ』と悪態をつき、生きた。それでも会津に殉じて生きて、そうして土方君は確かに死ぬまで、死んでも未だにやっている。
永倉君は土方君、いや、新選組であることを最後までともに出来なかったことを悔いた。いや、『恥じた』。
山南君は自らの選択を『逃げた』と言う。そうして今度は逃げないと言う。一度死んでいるのに、だ。愛した女がいたのに、だ。
「狂っている」
「伊東さん?」
「君たちさぁ……たぶんだけども、あそこで死んどいたほうがはるかに良かったよ」
沖田君の顔を見ながら、その綺麗な顔と白い首を見詰めて、それからその首に手を掛けてみる。背の低い彼女の首は目線の下にあった。驚いたような沖田君は、一瞬だけ動きを止めたが、そもそも刀も持っていなければ、普段通りの彼女に僕に敵うような膂力はないから、そのまま首を絞めて、カルデアの無機質な壁に叩き付けるように押し当てる。
「っ!?」
驚いたような、どこか苦しそうな顔だけれど、どうせエーテルだろ? 痛いなら、苦しいなら、霊体化でもすれば? そう思うし、そうだから君たちは駄目なんだよ、と思ってそのまま話を続ける。
「恒常原則ってのは、別名快楽原則って言ってね。明確にこの二つが分離しえないから問題なんだと僕は思うな。というか、『現実原則』の対になる概念が『快楽原則』ばかり有名になったのが問題、と言えばいいのかね」
「な、にを」
そう驚いた顔しないでよ。どうせ、ここでいくら君が苦しんでも死にはしない。死ねないんだから。
「みんながみんな、死にたがる。死に急ぐんじゃない。死にたがる。それはたぶん、死への恒常的な憧れだ。死ぬ、というのは究極の快楽だからね。それを恒常的に得られるというのはつまるところどういうことか、って話だよ」
だってそうだろ? どうして『変化を求めた』はずの僕たちの方が死を忌避してでも戦おうとして、彼らが『死を厭わず戦った』かなんてそれしか思いつけない。
「何やってる」
そこに割り込んできた冷たい声に、面倒になってパッと手を離した。どさっと壁際で落ちた沖田君の重みと、咳込む声。それから冷たい視線のままの斎藤君に手を振った。
「やっほー、特にそういう関係でもないのに彼氏面してると土方君に怒られないかい?」
「服部でも呼んでくるか?」
「それは勘弁して?」
そう笑って言ったのに、相も変わらず険しい顔の斎藤君を見てから、それからまだ何が起こったのか分からないように呼吸を確かめる沖田君を見下ろして、その若人二人に言ってみる。
「だからさ、死ぬってのはある意味でとても安定している。一回死んだらそれで終わりだからね。禅定? ニルヴァーナ? だけれど人間というのは体の構造上、死んだあと、詰まるとろは『死んだあと、最も快楽を享受した自分』というものを観測できない」
「で?」
短く問うてきた斎藤君はなんでこう、沖田君よりも長生きしたのに生き急ぐんだろうと不思議になりながら、だけどもまあ、他のメンツよりは話が分かるところはあるんだよなあ、なんて思いながら言ってみる。
「まあ沖田君よりは分かってくれそうだからっていうか、ただの井戸端会議なんですけどもね。新選組とかいうチンピラ集団って『今死ぬ』っていう死ぬ直前の形を何度でも体験するためにでも作られたんですかねっていうお話しでした」
笑って言ってみたら、すたすたとこちらを追い越した彼は、床に座っている沖田君を支えるように、引きずるように立たせた。
「沖田、なんか飲む」
「あ、の……」
「馬鹿の相手しなくていいから。あと」
「なに?」
そう言われたから振り返ったら、斎藤君はこちらを見据えて言った。
「それ、マスターには言うなよ」
「どれ?」
だってマスター君だって新選組がチンピラっていうか幕末の人斬り集団だってことくらい知ってるでしょ、と笑いながら視線で言えば、斎藤君は明確に言った。
「人は一度しか死ねない。だから人は死ぬことをあれ程までに忌避する」
「ああ、よく分かってるね。だから本来、人生でたった一度の死という快楽を享受するために、人はあれ程に死を忌避する」
「だから、死に戻りの俺たちは、本来あの子に近づいちゃならない」
「分かっているのに何をしている?」
僕の短い問いに、斎藤君は小さく舌打ちした。
「昔の俺がそうだったからだよ」
その言葉にひどく可笑しな気分になった。
「悪くない。やっぱり新選組のみんなが死にたがりのやつらだったなら、それで納得がいくからね。だとすれば」
「俺たちはもう、死ねない」
短い言葉のあとに、斎藤君はほとんど無理やり沖田君を歩かせてその場から離れた。その時にふと通りかかった人がいて、僕はどうにも笑ってしまう。
「あれ、伊東先生?」
笑った僕が珍しくはないだろうが、不思議ではあったのだろう。その少年に僕は思わず言っていた。
「マスター君、というより藤丸君。死なない程度に頑張って」
不思議そうな彼に、僕は笑った。いつかのように。