思い出すことがあったので、ちょこちょこ書いていた「猛者と無敵」についての話を再録しておきます。サイトに再録しなよと思いますね。最近薬が合っているのか段々脳の負荷が楽になってきたような気がするのと頭痛やら文字認識がマシになってきた気がするので読書とかでインプット作業をしていました。それでついでだからサイトも改装したいなあと思っていたけどもなんか段々いろいろ本を読んでいて思い出した話です。
この話は斎藤、永倉、沖田の晩年の三つ巴的なそれぞれの晩年ですが、荘子の「木鶏」という故事と中島敦の「名人伝」という話から引いて書いた話でした。
「名人伝」の方はこちらで読めます。短いけれども傑作なのでぜひ。(著作権消失済みにつき収録されていました。読んでいただければと思います。気になった方は文庫でいいから買ってもらえると嬉しいです)
青空文庫https://www.aozora.gr.jp/
中島敦「名人伝」https://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/621_14498.html
荘子の達生篇に収められた「木鶏」は有名な故事ですが、名人伝は木鶏を基にして書かれた話のように思われるくらいには同じ話だなあと思います。「木鶏」で紀悄子であったところから「名人伝」では紀昌なのではないかなあと。読みが同じ「キショウ」なのと、内容がだいたい同じことが書かれているように思われるので、というだけですから確証はないです。凄い人の考えることは分からないけどね。
FGOでも人気の柳生但馬守殿、りゅうたんの師匠は沢庵禅師でしたが、沢庵の本を読んでいてこの話を思い出したというなんかそれであれでした。疲れていたんだね。私は武道を剣術程度しかやらないのでなんとも言えませんが、沢庵曰く「山田の案山子で十分」、柳生但馬守曰く「それは傀儡のことであろう」。木鶏だの木偶の坊だのが最高としたら、猛者も無敵もどこに行けばいいんでしょうね。
木鶏、或いは不射之射
猛者、と新八は沖田を評した。
無敵、と新八は俺を評した。
その意味について、後年になって考えることがあった。
猛者というのは、闘鶏が荒々しく食いかかるように、戦いを常に求める存在であろうと思った。
ジジイになってある日、突きを見せてくれと言われて、吊るしてあった空き缶を突いたことがある。そこでふと思った。突きとは何であったろう、と。
竹刀は間違いなく缶を的として捉えたが、しかし何だったろう、と思った。
「……木偶の坊は俺だったみたいだな」
*
猛者、と儂は沖田を評した。
無敵、と儂は斎藤を評した。
その意味について、後年になって考えることがあった。
猛者というのは、常に弓を取り、相手を打ち落とさんとする、戦いの中に身を置くものだろうと思った。
ジジイになってある日、稽古を頼まれた。「形を教えるだけなら」と言ってふと思った。そうだ、剣を忘れてしまった。形、型だけならば教えられるが、剣とは何だっただろう。
ふと怪我をしている自分に後から気づき、やはり剣とは何だっただろうと、と思った。
「……剣とは何であったかな」
*
猛者、と永倉さんは私を評した。
無敵、と永倉さんは斎藤さんを評した。
その意味について、死ぬ前に考えたことがあった。
猛者というのは、私のように死ぬまで敵に食いかからんとするような、常に戦いを求めるもののことであろう。
そう思いながら、ふと枕元の刀を見た。
「刀……刀?」
違います。私が取ろうとしたのは刀ではなく、隣の袋。
庭に来ていた黒猫は、ずいぶんともう懐いてしまって、私が刀で斬りかかることはないと知っていたようである。刀で斬る、とは何であったろう。白刃の下で私は何を思っていたのでしたか。
にゃあと鳴いた黒猫は、私の刀ではなく、これを求めているのだということは分かります。
「……お食べなさい」