無題

カオスの方に入っていたのですが長いことページを封鎖しているのと、階層を戻すのが難しかったのですが、小説だけ引っ張ってきて完成させました。
「攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL」と「攻殻機動隊 イノセンス」、どちらも映画版の二次創作小説です。少佐とバトーとトグサ。というかトグサから見た二人になるのかなと思います。

もう何十回も言ってるけども、個人的にですが「イノセンス」が一番好きです。映画何回見ても本当に好き。

 

Noli me tangere

「少しだけ、トグサが羨ましかったの」
「羨ましかった?」

 少佐の言葉をそのまま反復するように訊き返せば、彼女は困ったように、どこか何かを懐かしむように笑った。その笑みの確かなことがひどく目に焼き付いている。作り物の、自身の目に。

「生物は遺伝子の乗り物である。これを提唱したリチャード・ドーキンスは無神論者でもある。神はいない、そう言った」
「ああ」

 短く応えれば、手の中で手入れをするでもなく持て余すように握っていた小さな銃を彼女はゆっくりと構えた。誰に向けるでもなく、俺と彼女の二人しかいないその夜の小部屋で。

「生物が遺伝子の乗り物だというのなら、神なんてこの世にいないのなら、私たちはどうして結婚して、いいえ、結婚しなくてもいい。どうして子孫を残す必要があるの? それも連綿と、何万年も、地球が出来ときからずっと。遺伝子を複製して、次世代に残し続ける意味があるから私たちは生きてきた。その意味はなに? その意味を担保する者は誰?」

 俺はその言葉に強く納得していた気がする。少佐は、自身に結婚の意思がないからトグサを9課に入れたのだと俺は理解していた。
 自分自身を複製して、コピーして、次世代に残すことの必要性を感じていない彼女は、だけれどもその行為を実行しているトグサという存在をこの9課に必要な要素、揺らぎ、自分にはないパーツとしていたのだと。だから。

「だから、お前は」

「トグサが羨ましかった」

 口にしてみて、私はその言葉の本質を知った。知った気がした。
 そうして、口にしてから自分の目の前にいるバトーがひどく愛おしいのに、どうして私はこの男を『愛せない』のだろうと思ったら、私という『人間』はやはりどこか何かが欠落しているのではないかと思えて仕方がなかった。

「直感というものが、分からないの。本当に分からない」

 私の体はもうそのほとんどが私自身のものではない作り物で、私が私である証明はどこにもなく、私を私たらしめる確固たる要素を私は持たず、私は私を定義する何かを求め広大なマトリクスを彷徨い続けていた。

「遺伝子を残す、という行為が私には分からない」

 それは私自身が私という存在を理解できないから、だと思う。私には私という存在への証明も、自信も、証拠もない。私は私である、ということすら分からないのだから。

「だから、羨ましかった、たぶんだけれど」

 それをただ聞いているバトーが、羨ましかった。妬ましくさえあった。
 どうして、と浅ましく思った。
 あなたはどうして私を   。

「守護天使、ねぇ」

 報告書に書く訳がない、というか、書ける訳がない、というか。バトーが何を言っているか分からないのだから、報告書にはとりあえず択捉特区であったことを書くしかないし、だけれど事に当たっては解決したとしか言いようがない。
 そうしてその一方で、あの場所にはバトーの『守護天使』が現れたのだろうということは分かるが、それは。

「アイツの守護天使って、少佐以外いるのか?」

 野暮なことだと思いながらも何となく呟いていた。少佐が失踪してからどのくらいだろう。課長はバトーのこともそんなふうに見えているそうだが、そんなに大袈裟なことではなくて、少佐もバトーも考えすぎというか、そういうふうにしか俺には見えないというか。

「運命論者はあの二人だと思うんだけども……」

 悪いんだが、と付け足して長期出張だったのもあり、休暇になった自宅でデバイスを眺めながら呟く。娘は学校に行っていたし、妻は買い物に行っていた。
 女が男を選ぶのも、男が女を選ぶのも、結局は直感だという。直感的に、相手が遺伝子を預けられる相手かどうか。遺伝子を複製できる相手かどうか。それは本当に科学的には、ということで、例えば日本で昔からあるお見合い結婚でそんなことが起こるとは思えないし、妻と自分の出会いがどうだったかも今となってはファーストインプレッションというのがどうだったかは覚えていない。だけれども、妻とはうまくいっているし、確かに自分と彼女の遺伝子を引き継いだ娘が存在している。
 それを例えば少佐が『羨ましい』と思ったり、組織としての『揺らぎ』として、可能性を感じて俺を9課に入れたりしたのだとしたら、それは少佐自身の感覚の乖離というか、なんて言えばいいんだろうな。もっと単純な話として、少佐の勘違いのような気がするのは気のせいではないと思うのだが。

「100%の守護天使とか、精霊とかカミサマに出会うとして、それは少佐にとってのバトーだろうし、バトーにとっての少佐だと思うんだけども」

 他人の恋路に口を出す気にはなれないが、それが悲恋だとか叶わぬ恋だとか、そういうことはあの二人にはなさそうだし、と思ってから溜息が出た。

「100%の恋人とか、良き伴侶とか愛する人に出会うとして、それは少佐にとってのバトーだったろうし、バトーにとっての少佐だったと思うんだけども」

 今更なんだろうか。遺伝子どうこう、子孫どうこう、結婚だとか、子供だとかそういう難しい話以前の問題として、だ。……あの二人のことだから、今更でもないとは思うんだが。

「二人とも、言葉が足りない筆頭みたいな性格だからなあ」

 9課のメンバーにしても、そもそもの人間性にしても。

 自身に結婚の意思がないから多分少佐はトグサを9課に入れたのだと俺は理解していた。
 であるからして、彼女が人形使いと結婚したことを誰かに話すのは骨が折れ、
 であるからして、俺は彼女の、あるいは彼女の娘たちからのプロポーズを永遠に断り続ける自身を理解するのもまた骨が折れる。
 そうであるからして、自身がいまだ人間であることを、俺は証明する。

 私が私である証明はどこにもなく、私を私たらしめる確固たる要素を私は持たず、私は私を定義する何かを求め広大なマトリクスを彷徨い続けていた。
 だからそのプロポーズに私は驚嘆する。
 わたしは――

「娘じゃなくて、お前自身なら良かったのにな」

 お前がいれば、どうだって良かったのに。
 だが、そこにお前がいるのなら、それでいい気もする。

「次はどこに行く? 素子」

 永遠の夢を見ている精霊は、顕れ給えり。

「ねえ、忘れないで」

 あなたが覚えている限り、私が存在し続けるのなら、私の遺伝子に意味はないのかもしれないし、意味はあるのかもしれない。
 それでいい。あなたが私のプロポーズを受け入れなくても、あなたは私の消失点になる。

「私はあなたの隣にいる。どこに行こうかしら、バトー」

 愛していた。いいえ。愛している、あなたのことを。

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