FGOの蘆屋道満の話ですね。
道満というかCP……?CP……? 誰との? と思いましたが、ある意味で道ぐだの結末なのかもしれない、とちょっと思ったけれど、はっきりとそうとも言えないので道満夢というやつなのだろうか……?
FGO2部5.5章と異星の使徒、星の寿命がどうこうから考える「蘆屋道満」について、ですが独自解釈というか、前から言っていますが道満のいくつかある伝説の中での内裏での晴明サンとの伏せ物当てと八百比丘尼と旅をしていた話が好きなのですが、それについてこの間またちょっと読む機会があったのでまとめました。
でもちょっとなんかこう、道満的な意味で夢っぽい話になってしまったので、道ぐだではないけれど、道ぐだでもあるようなことを少しだけ書いているところも序盤にあって、みたいな話ですが、蘆屋君に好きな人がいるから気を付けてくださいね(謎過ぎる注釈)
前に書いたこともあるしちらっと言っていましたが、ぐだってちょっと八百比丘尼に似ていると思っています。マシュ以上に世の中に興味なさそうだなって。マシュはいろいろ知らない部分があるんでしょうが、ぐだはなんだろうね、たまにだけどもそもそも「興味がなさそう」なシーンがあって。奏章3をやってみて人類滅亡でも地球滅亡でもいいんですが、ぐだってそういうの関係なさそうだなあって前から思っていたのと、これも前から言っていましたが、そういうところも含めてぐだって八百比丘尼の伝説に似ている感じがあるんだよねって言う。あと二重三重に存在していてももう驚かないゾ☆彡
蘆屋君には人並みに幸せになってほしいと思っているよ(すごく嘘っぽい)
簠簋内伝金鳥玉兎集
「マンボちゃんってさぁ、けっこうひどいよね」
「はい?」
清少納言殿に言われて、いつも通りの戯れか、と聞き流そうと思ったが、そもそも苦手なこの方と食堂で一緒になってしまったうえに茶を共にしているのだから、と思い聞いてしまう。
そうしてその顔が、いつもの戯れではない真剣な顔であったことがひどく居心地を悪くさせたのもあったのかもしれない。
「晴明のことですかな?」
「そうだけど、そうじゃないよ」
遠くを見つめるように、その方は言った。そうして続ける。
「あたしはあんまり、そうだね、あんまり詳しくないんだ。興味なかったし……こういう言い方はよくないか。でも定子様はその頃にはあんまさ、あたしもそういうの関わりなかったし、道長様にもそんなに関係なかったし。かおるっちはそう思ってないかもしれないけど、それにあたしも突っかかってるように見えるかもしれないけどさ、興味ないんだ。かおるっちには悪いけど、全部興味ない。顕光様も道長様も、ぶっちゃけ定子様には関係ないし」
同じなんだけどね、と苦笑した清少納言殿……諾子殿にふと懐かしいような、ひどく苦いようでありながら懐かしく、楽しかったような往時を思い出した。
「でもさ、あの日……法師様も別に晴明様には興味なかったんしょ? 法師様はっていうか……晴明様も、だけど。二人とも相手じゃなくて、もっと……。だって法師様は別に、晴明様のために内裏に来たんじゃなかったじゃん」
「どうしてそのようなことを知っているのです。いえ、知っていたとしても、どうしてそのようなことを今更仰る。ひどいのは貴女ではないか」
少しだけ感情的になってそう言ってしまう。思わず額に手を当てて、自身は確かに顕光殿に仕えて都にいたが、その都に、晴明殿に興味を持って行ってみたいと無邪気に言ったその方に興味を持ってしまった晴明殿も、それに「 」をして、それを受け入れてしまった自分も、だから拙僧は今でも許せぬのに。
「そうだね、ひどいのはあたしかもしれない。だけど、今もそんなことしてる法師様もひどいと思うんだ。あの日、あたしは見てないよ。定子様も見ていない。だけども確かに内裏では晴明様と法師様が伏せ物当てをしたんだと評判になった。大きな催しだったからさ。みんな面白いこと好きだったし。でも、本当に面白かったのは、その中身が……」
「やめなされ」
目を閉じて言った一言に、だが清少納言殿はあっさりと言った。
「……やめない。法師様もいたんだろうね、確かに。だけどその本当の意味は中にあったものだし、それを当てた人だった。知ってる人は少ないだろうけどさ。もしかしたらお上も、道長様も知らなかったのかもね。でも晴明様が本当に待っていたのは法師様じゃなかった。だから法師様は怒ったのかもしれない。だけど、だからってそんなのひどい」
「違う! 拙僧は、私は! 違う! 皆が皆、分かってはいなかった! あれは、あの方を、あの方は! あの方は晴明めを選んでしまわれた! 私にはそれが許せなかった! だから私は! それの何が悪い! なぜ、なぜ晴明を選ぶ!? 私には嫉妬さえ許されぬのか!?」
そうだ、晴明殿はそれを手に入れることが出来た。あの方に興味を持つだけで、無邪気に都にやってきたあの方に興味を持つだけで、あの方の大切なものを手に入れることが出来た。そのことに「嫉妬」をした私は、許されぬのか?
「私自身を、私は許せぬ!」
そうだ、違う。そうではない。あの方を晴明に会わせ、それでも私を選んでくださるのではないか、などと期待をした、その自分の浅はかさが許せぬ。今もって尚、許せぬのだから。
「だから、マンボちゃんはひどいって言ってんの」
「なぜ」
「だって、だからって大切な人を捨てたんでしょう? 晴明様にちょっと何かあげたから、ちょっとだけ優しくしたから、それに嫉妬して、自分以外に優しくしたからってそう言って、大切な人にひどいことをしたんでしょう? 今もひどいことをしているんでしょう? だから、」
違うと叫ぼうとして、それから言葉が続かなくなった。
違う、違う、違う。
ああ、だが。
そうだ、違う。あの方は晴明殿を選んだわけでも、私を捨ててしまわれたわけでもなかった。違う、違う、違う。私と共に、それなのに、私は――
「どうして」
言葉はひどく空虚に、空疎に落ちた。どうして貴女は、貴女という人は――
「だって……晴明様は別に取り上げた訳じゃないのに。その人だって、晴明様に全部あげちゃったワケでも、晴明様が好きになっちゃったワケでもないのに」
「それでも、私は、あの方が、晴明に笑い掛けたことが許せぬ」
「そっか。何かあげたことよりも、か。でもそれは分かるなあ。定子様がそうしたらあたしも嫉妬しちゃうし……うん、分かる。だけどさ……」
そう言って、清少納言殿は笑った。ひどく寂しそうに。
「せめて、ちゃんマス……マスターには優しくしなよ。そんなこと、またやっちゃわないように、さ」
*
「なあに?」
「いえ……何をしていらっしゃるのかと思いまして」
「椿を植えているの。少し血が流れてしまって、勿体ないから」
その童と大人の間のような僧形の女はそう言って笑った。里……と言ってもどこぞの貴族か豪族の邸の足元に広がる大きなそこに通じる道に人影はなかった。
「旅をしていらっしゃるのか?」
「そうだけれど、少し困っていて……ああ、でもこんなことをあなたに言っても仕方がない」
そうその比丘尼は笑った。ひどく屈託なく。だが、その腕には無数の傷がついており、そこからは止め処なく血が流れていた。そうしてその血がそのまま地面に吸い込まれていくその様は、ひどく美しく見えた。
「拙僧も旅をしておりまして、傷を治す薬も布もあります。少し見て差し上げましょうか?」
そう言えば、その比丘尼は驚いたように目を見開いた。
「あら、気持ちが悪くはない? だってこんなに傷があって、血が流れていて、それを植えているなんて、気持ちが悪いから出て行けと言われてしまって困っていたのだけれど……」
当たり前のことのようにその比丘尼は言った。笑いながら言ったその顔は、だがどこか泣き出しそうな顔だったのだ、とそこに至って気が付いた。
「いえ、それよりも傷を見ましょう」
そう言って彼女が血を滴らせていた腕を取れば、驚いたようにした比丘尼以上に驚いたのはこちらだった。それはどう見ても刀傷や殴打された傷だったからだった。きっと腕以外にもあるのだろう、と思えば流石に怖気がした。
「どこで……このような……」
「え? あそこのお邸に仕えていたのだけれど……仕えていたといってもそんなに真剣にでも長くでもなくて。占いや傷を治したり、そういうことばかりしていたらあやかしだと思われたみたい。あやかしだと思われて打たれたり斬られたりするのはいつものことだから気にしていないけれど、こうなってしまうと、気持ちが悪いと言われるし、何よりご迷惑にもなるからまた暇をもらうしかなくなって」
そう当たり前のことのように言ってきた比丘尼の腕に薬を塗って布を巻いていたら、彼女は笑う。
「ありがとう。助かった。珍しい法師様ね」
「痛くはないか?」
「痛いのはあまり気にしないというか、感じないの」
「感じない……」
言葉に詰まっていたら、不思議そうに彼女は言った。
「ああそうだ、名前を聞いてもいい? あなたが嫌でなければお礼をしたいし……私が気持ち悪くなければ、だけれど、一緒に行ってもいい? 次の所まででいいから、何かお礼をする」
「蘆屋道満と。道摩法師と呼ぶものもおります。播磨は加古川のあたりの生まれにございます」
なぜこんなにも簡単に名乗ってしまったのだろう、と思っていたら、彼女は笑った。
「道満……良い名ね。私は……ごめんなさい、忘れてしまったの。生まれは若狭の海の方なのだけれど……長いこと忘れていて、ごめんなさい。好きに呼んでくれていいから」
笑って言われて気が付いた。この方には、既に老いも死も訪れぬのだ、と。
「ねえ道満、ついて行っても怒らない? 何かお礼をしたらすぐに離れるから、気持ちが悪いでしょうけれど、このまま薬をもらっただけでは申し訳なくて……」
そう本当に申し訳なさそうに言ったその方に、ついて行くのは拙僧の方だと私は既に知っていた。だから、だけれど。
「もちろんです。旅は一人よりも二人の方が楽ですから」
そう言えば、その方は自分で言ったことなのに本当に驚いたように目を見開いて、それから少し笑った。
きっと初めてのことだったのだろうと、何故かそのことがひどく胸に痞えた。
*
「驚いた。蜜柑に見えたから、いえ、蜜柑だったから。私が当ててしまったから、鼠に変えてしまわれたのね」
比丘尼の言葉に、晴明は笑った。この男がこうも楽しげに笑うことがひどく苛立たしかった。それ以上に、比丘尼が楽しそうにしていることが苛立たしかった。
「蜜柑も鼠も変わらぬでしょう?」
「面白いことを仰るのね。そうかもしれないけれど……だってこの中身は」
「それ以上は言わぬが花というものですよ」
晴明に言われて、比丘尼は困ったように笑ってそれから言った。
「そうね。この箱の中身は私にも道満にもいらないものだから、晴明様にあげるけれど、どうしよう、道満」
「はい?」
「ああ、そうでしたね。弟子になってくださるとか、道満が弟子になるとか、私を弟子にするとか、負けた方がどうこうと言っていましたが、比丘尼殿は私の弟子になってくださるのか?」
「……は?」
そこまで言われて、この伏せ物当ての前に約した「負けた者がその相手の弟子になる」というそれを思い出す。それにどうすればいいのか分からずに呆然としていたら、晴明は面白そうに続けた。
「私の弟子になったところで教えられることはなさそうですし、この箱の中身の非時香菓も要らぬから私に下さるという。道満にも要らぬと言うのは、貴女がこの男にはもう与えてしまったからでしょう、私に下さったように。しかし、約束は約束ですからねえ」
「でもそれでは困ってしまいます。だってあなたに興味があって来たけれど、それも全部私が勝手にやったことだから道満に迷惑をかけてしまうし、怒られてしまうから」
「興味、ですか?」
「ええ。道満がすごい方だとそこまで言うのだから、きっと面白い方だと思って」
「どうでした?」
そう問いかける晴明に笑い掛ける比丘尼を見ていたくなどなかった。その後に続く言葉も聞きたくなどなかった。
「良い方ね。法術も陰陽術も良く知っているし、面白い方だわ」
やめろ、やめろ、やめろ。
叫び出したい言葉が空転する。しかし、彼女は言った。
「でも道満には及ばないわ。あなたより道満の方がずっとすごいし、私は道満の方がずっと好きだもの」
「……は?」
比丘尼の言葉に固まっていたら、晴明は大笑して言った。
「それは、何か悔しいですし、道満が羨ましいと思ったのは初めてです」
「そう? 私はあなたと違っていつも道満が羨ましいことばかりだけれど。ああ、でも約束を破るのはいけないことだと道満にもいつも言っているし……これを差し上げるから許してはもらえない?」
そう言って比丘尼はいつも気に掛けずにその緋色の袈裟の腰に佩いていた二対の剣を晴明に差し出した。
「これは……しかし、本当にもらってもいいものか?」
「昔この袈裟と一緒にもらったものだけれど、あなたならこれが何かも使い方も分かるでしょう? でも私はもういらないから。道満と旅をしていたら、道満が優しいから痛いのが嫌いになってしまったの」
そう言って私を見上げて笑った比丘尼に、私は……わた、し、は……。
*
白紙化した地球。それは星の終わりだと知っていた。
カルデアス、地球、星の終焉。
そうだというのに、そこに「地獄界曼荼羅」を作り上げた私を、東岳大帝の加護を受けた男は知っていながらただ見ていた。その後に起こることもみな、知りながら見ているのだと思えば、ひどく煩わしく、ひどく憎らしかった。
『なあ、やめておかないか。どうせ終わっているんだ。カルデアだったか? そこの魔術師も源氏の連中も、香子も来るとは思うが、それにしたって、お前がどうしようと、その者たちがどうしようと、そもそもこの星自体の寿命が尽きているのだから』
「黙れ。貴様には分からぬ」
『分からんよ。こんなもの作れるならお前だって泰山府君の加護を受けているのだろう、こんなの胎蔵界の曼荼羅の真似事じゃないか』
東岳大帝のことを泰山府君と呼び、不老長寿を願う男が、だから許せぬのだ、と思った。
だから、星の寿命が尽きてもここにいるこの男も、自らも許せぬのだ、と思った。
『なあ、もうやめないか? こんなに真っ白で、終わってしまって、滅んでしまった星なのに、ずっと……ずっと血を埋めて、待っているのに、ひどいだろう』
ひどい? 酷い? ひどい?
「ひどいのはあの方だ! あの方は、一言も言わなんだ。ゆえに、少しは我が身のこの思いを知らしめてやろうと思っただけのこと!」
『だからってそんなのただの嫉妬だ。子供じみているだろう、それでは。お前が怒ったと思って……私も悪かったのだろうが、私を構ったからお前が怒ってしまったと思って、それで置いていかれたと思って、だからお前が許してくれるのを待っていると、道満なら自分の血の椿に気が付くからと、許してくれるまでずっとそれを植えて待っているんだぞ、文明が滅んでも、世界が滅んでも、星が滅んでも。或いは宇宙が滅んでさえ。それでも非時香菓を与えたお前なら生きられるから、きっと探してくれるだろうと』
「うるさい、うるさい、うるさい! 寂しいとも、悲しいとも、今に至っても一言も言わぬあの方が悪い!」
言うことも出来ように、一言も言ってくださらぬ。私には分かるのに、あの方は口にせぬ。ただ椿を植えて、ただ徒に自ら血を流すだけで。
「痛いのは嫌いだと言っていたのに! それなのに!」
『では私がこの宝剣を、破敵と守護をお前に渡したら許すのか? なにせこれはあの時、道満の方が好きだから、私のところに来る気はないから『痛いのは嫌いだからくれてやる』と頂いたものだ。だがそれがお前は気に食わないという。それが私に構ったことになるから気に食わぬという。ならば』
「違う!」
ああ、これではただの悋気だ。嫉妬だ。子供の駄々だ。分かっているのに。分かっていたのに。
「寂しいならば、寂しいと言えばいい! 悲しいならば悲しいと、こちらに来いと、言えばすぐに行くのに、なぜ言ってはくださらぬ。なぜ、自分だけが悪いと思うのだ、この道満は悪くないと言ってしまうのだ。悪いのは私ではないか、ただ嫉妬して、ただ駄々をこねて怒ってみせて、そうだというのに、また一人で行ってしまわれた!」
『そりゃあ……お前以外に人を知らないし、分からないからだろう。それにあの比丘尼はお前が悪いなんて思うはずがないだろうに』
「だから……」
だからもう、止めたいのに。血を流すことも、あの紅い椿を植えることも。もうやらなくてもいいのだと言いたいのに。
「なぜ……」
星が滅んでも、この宇宙が滅んでも、あの方はずっと待っている。その身を傷つけてでも、ずっと。どうしてそんなことをさせてしまうのだ、どうして、どうして、どうし、て……。
*
「痛くはないですか?」
「……道満?」
「はい。椿が見えましたので、痛そうだと思い来てみましたが」
「都でのお勤めは終わったの?……それよりも、ごめんなさい。もう怒っていない? 私が晴明様に負けてしまったうえに何も考えずに剣をあげてしまったから。あなたはそれで怒っていたのでしょう? ごめんなさい」
「そうではない、そうではないですよ」
そう言ってずっと椿を植えるために自ら切り付けていたのだろう腕を出会った日のように薬を塗って白布を巻いたら、比丘尼は驚いたようにこちらを見た。
「相変わらず私と違って上手ね、道満は……だけれど、この手当のお礼についていくと言ったのに、いつまでも付きまとって、それもごめんなさい。そのせいで内裏の時もきっと道満の方が上手く出来たのに迷惑をかけて怒らせてしまった。それにそもそも、お礼をしたら私のような気持ちの悪いあやかしはすぐにいなくならなければならなかったのに、だからきっと道満を怒らせてしまっていたことも謝らないといけないと思っていて。ごめんなさい。それだけ言いたかったの、来てくれてありがとう、やっと行けるわ」
そう言って笑うと、こちらに背を向けて歩き出そうとした彼女の手を引いた。その笑顔が崩れ落ちそうなほどに悲しみに満ちていることが今は分かる。
「怒ってなどおらぬ」
「……え?」
「いえ、怒ってはいますが。またこのように傷ばかり作って。あなたは何度言えば怪我をしたらすぐに言うようにという拙僧との約束を守れるようになるのです?」
「それは、でも……遠くに、いたから……」
「遠くにいても分かります。そんなことも分からぬあなたではないでしょう」
「それは、そうだけれど、道満は怒っていたから。怒らせたのは、私だし……」
「ですから、怒ってはおらぬと言っているでしょう。約束を違えるのはいけないと何度も拙僧に言ったのはあなたのわりに、いつまで経っても拙僧との約束は守ってくださらなんだ」
そう言えば、こちらを振り仰ぐように見た比丘尼の瞳に膜が張ったように涙が浮かんでいるのが分かった。いつまで悲しませているのだろう、と思えば自分自身が愚かしかった。
「さみし、かった」
「そうでしょうとも。拙僧も、あなたが勝手に勘違いして行ってしまわれたので寂しかったですよ」
「ずっと星にいる道満に声を掛けようか迷ったのだけれど、寂しくて、悲しくて、だけれど、道満はきっと怒っているから、怖くて出来なくて」
だからずっと、拙僧が気付いて、許して、やってくるまで、自らの血で椿を植え続けた童女を見る。緋色の袈裟は、その年に似合わず貴人の身に着けるそれの色だった。
いつか、拙僧も知らぬほどに遠い昔に、それを身に纏うことを許された童女は、寂しいと、悲しいと、今やっと私に言う。
「ひどいことを、たくさんして申し訳ありませんでした」
「道満は悪くない。ひどいこをしたのは私です。だから、もう怒っていませんか?」
「初めから怒ってなどいません。むしろ比丘尼は私に怒ってはおられぬか?」
「どうして? 私が道満に怒られることはあっても、あなたは私に何もしていないでしょう?」
そう当たり前のことのように言って、彼女は流れる涙をぬぐう拙僧の手を取った。最後に触れたのは遥か昔のことなのに、その手の感触も、温度も変わってはいなかった。
そう、当たり前のことのように言うことの残酷さも、何もかもが変わっていないのに、ただ寂しいと言い、悲しいと言い、涙するその姿は、拙僧が知るよりもずっと――いや、ずっと知っていたのだろう。その残酷さも、その幼さも。
「あなたは一人にしておくにはどうにも危なっかしい」
「そう?」
「ええ。ですから、良ければまた二人で旅をしませんか? 旅は一人より二人の方が楽ですから」
そう、いつか出会った時のように言ったら、驚いたように、それでも嬉しそうに彼女は笑った。
そこは終わった星だった。もう何もない。国も、世界も、文明も、命も、水も、星そのものも。ただ打ち捨てられた、太陽に飲み込まれなかったというだけの惑星の残骸に、女はただ花を植えていた。
「どこに行きますか?」
「道満が一緒ならどこでもいい!」
その笑顔と、杖の先についた鈴の音にそのすべてが救われたように思われた。
この終焉を迎えた世界の端で、二人、歩き続けることが出来るのならば、それはやっと訪れた救いで、やっと訪れた休息のように思われた。
「大好きですよ、愛しています」
「私も、道満」
愛していると、女は言った。世界の終りも、星の終わりも、もう何もかもが遠かった。
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「リヴァーサイド・ラヴァーズ(奈落の恋)」上坂すみれ
この曲すっごく蘆屋君に似合うよねって思うから一回聴いてほしいです。人類を愛していないから人類悪になれなかった蘆屋君が恋をするならこういう破滅的な形だと思っているよ。