諦めた


「好きな女ののひとつも手に入らんのに、女遊びとは、さすがに隊長殿ともなると恐れ入りますなぁ」
「ひどいなぁ」

 僕は頭に手を当てて、それからその太夫に頼んでいた櫛を受け取る。太夫に馴染みなんていない。副長の伝手だから、こんなふうに言われても、言い返せる立場じゃないのは僕の方だった。
 そう思っていたら、これから副長が来るから機嫌がいいのだろう、その女性は気紛れのように三味をビィンと鳴らした。

「諦めましたよ どう諦めた 諦め切れぬと諦めた」

 玲瓏な声が謡ったのは都都逸だった。

「ひどいなぁ」
「そういう歌もあるいう話」

 ふふと女は笑った。





 酒の匂いも、白粉の匂いも、香油の匂いも、何もかも付けたまま。
 彼女がきっと身につけたりしない櫛で髪を梳いて。
 そうして一夜を共にして、沖田はすーと寝息を立てている。

「諦めきれぬと諦めた」

 謡われたそれを、僕はぼんやりと彼女の寝顔を見ながら思い出してつぶやいた。







 カルデアは因果な場所だと思う。やり直したいこと、やり直せないこと、繰り返したいこと、繰り返せないこと。たくさんの因果が、応報する。
 だから、彼女がその体だけの関係を許してくれていたと知ったのは、本当に因果なことだと思う。

「好きだったんだよ、本当に」

 彼女に初めて誘われて共にしたそのベッドで、僕は沖田ちゃんを緩く抱きしめる。それに彼女は笑った。

「知っていました。だけれどあなたがあんまり子供だから」

 そうだ、僕があまりに子供だったから、いつか時は流れて隊はそれこそ廓に行く余裕なんてなくなって、京を追われて、彼女は、僕は。

「諦められなかったのに、諦めなきゃならないって分かったのがさ」
「はい」
「おまえに最後に会った日だった、なんて笑い話してもいい?」
「それは本当におかしな話ですね」

 ふふと沖田ちゃんは笑った。そんなに当たり前で、そんなに馬鹿馬鹿しいことを、笑ってくれる彼女に縋っていた。ずっとずっと、縋っていた。

「諦めましたよ どう諦めた 諦め切れぬと諦めた」

 いつか聞いた都都逸を僕は謡う。それに彼女はやっぱり笑った。

「諦めきれなかったから、私たちはここにいる、なんて」

 ね?とやっぱり可笑しそうに笑いながら沖田ちゃんは言った。

「ここは本当に因果な場所だ」
「因果応報す。私たちはそうかもしれませんね」

 もう一度やり直せるなら、もっと他にたくさんあるはずだ。あの時ああしていれば、あの時こうしていれば。新選組は、会津は、函館は……
 だけれど、こうして彼女を抱きしめて、その体温を感じていると、ああきっと、諦めきれないそれが僕のやり直したいことなのかもしれないという気がする。本当はきっと違うのだろうけれど。

「諦めましたよ、もう」
「そうですか」

 おまえには敵わない。今も昔も。だから

「諦めましたよ」


2021/1/13