「ちがっ、違います!」
「なにが違うの?」
べろり、と斎藤は沖田の唇を舐めて笑った。
ビターコーヒーと空騒ぎ
ぺらり、と沖田は斎藤の部屋に転がっていた薄い本を開く。
「……刑部姫さん、絵、上手だなあ」
半分現実逃避気味に言う。中身はかなり、その、アレな内容なのだが。
「斎藤さんはこういうのが好きなんですね。グラビアとかもよく見てますし」
斎藤が出撃している間、部屋の掃除に来た、というだけのことなのだが、何となく床に放置されていた刑部姫の新刊(R指定)を開いてしまい、ドキドキしながらそれを読む。前は「最近百合に手を出してる!」みたいなことを言って自分と信長が一緒にいたとき「いいね!」とか言ってきてげんなりしたな、と思ったが、これは普通のエロ漫画だ、と思った。
ちなみに、沖田と斎藤はお付き合いというものをしているし体の関係もあるので、部屋の掃除に来るわけだし、ついでにこういう本を読んでいて心が痛まないわけではない、と思わないでもない。
そうだ、思わないでもない、くらいだった。
「だって、これを求められても困りますし」
それくらいなら適当な本を読んでいてくれた方がマシ、かなあと思いながら、その薄い本をベッドに置いて、彼女は掃除を済ませた。
*
「さそい、うけ」
「どしたの沖田ちゃん。ジュース飲まないの?」
なぜ、その薄い本をいつもならスルーして掃除するところ、今日は読んでしまったのか、というと、今日は休みだから斎藤の部屋を掃除していて、午後の予定は刑部姫の部屋でお茶をすることだったからだった。珍しい組み合わせ、と誰かに言われたことがあるが、案外日本系のサーヴァントとはいろいろ付き合いがあるのである。水着仲間でもあるし。
「あ、すみません。ちょっと考え事を」
「コーヒーのがよかった?」
「うーん、あれ苦くて」
そう言ったら刑部姫はふふと笑った。
「相変わらずお子様舌だね」
「刑部姫さんはコーヒーとかよく飲めますね。斎藤さんもよく飲んでるんですけど」
「眠気覚ましー。ていうかその話ちょっと詳しく!」
刑部姫と仲良くなった最大の理由はこれかもしれない。恋バナ、原稿のネタ、と彼女は言っていたが、案外カルデア内の男女のお付き合いで公言しているのは珍しいのかもしれない(公言というか食堂でコロッケそばを盛大にこぼした斎藤が意味不明に叫んだからなのだが)。
「んと、コーヒーはいいんですが、誘い受けってなんですか」
「青天の霹靂」
沖田ちゃんが汚れちゃった!?と刑部姫はわりと本気で言った。
「そ、それは斎藤さんのせいなの?」
なんでこの人はあんな過激な話を描くのにこんなに狼狽えているんだろう、と思いながらも、沖田はじゅうっとオレンジジュースを飲んで言った。
「いや、ちょっと読んで」
「なんだ、同人誌かーってそんなの持ってたの!?」
刑部姫さんのですよ、とは言えずに、ついでに自分で買ったやつでもないです、なんて言えなくて、だけれど思い出したら赤くなってしまいうつむいたら、刑部姫はうんうんとうなずいた。
「わりと鉄板ネタかなーとは思うけど。普段そんなに乗り気じゃない子から誘われる、みたいなのは」
「嬉しい、のでしょうか?」
「斎藤さんにやるってこと!?やってみなよ!感想聞かせて!!」
食い気味に言ってきた刑部姫に、沖田はうっと言葉に詰まった。だって、あんなふうにしたらさすがに斎藤さんも、と思ってだけれど。
「いや、あの人いっつも楽しそうだし……」
「んー、惚気かー」
いいけどさ、と言われたが、何となく、あの情景が頭から離れない。
*
「つっかれたー、シャワーシャワー」
声がして、ビクッと沖田は肩を震わせた。彼の行動はだいたい分かっているから大丈夫、と自分に言い聞かせながら、彼女は息を殺してベッドにいた。そう、斎藤の部屋のベッドに、である。
カルデアはどの部屋もそうなのだが、入り口付近に洗面台とシャワールームがあって、ベッドのあるスペースはそれより奥だ。そうして斎藤は、出撃や訓練の後は荷物を置いたりなんだりする前に、シャワールームに直行する。いつものパターンだった。
案の定、ザーッとシャワーで汗を流す音が聞こえてきて、彼女はほっと息をつく。いや、息をつけるような状況ではないのだが。だって、主がいない男の部屋に上がり込んでベッドにいる、なんてそれだけで大問題だろう。そうしてそれから、自分の姿と周りのモノを見る。
「帰りましょう、今ならまだ間に合います!」
それを見て、一気に現実に引き戻されて沖田は言った。その瞬間、ガチャっとシャワールームの扉が開く音がする。
「さっぱりした。髪は……乾かさなくてもいいか別に」
繰り返すが、シャワールームは部屋の入り口近く、その更に奥がベッドなので、逃げ場はないのである。
「さー寝よ。あ、沖田ちゃん今日休みだった。道理でなんか部屋が片付いてると。うーん、じゃあ沖田ちゃんとこ行こうかなってうわぁぁ!?」
独り言を言いながらベッドの方に来た斎藤は、奇声を上げた。それもそうだ。
「お、沖田ちゃん?どうしたの?襲われたの?」
だって、自分のベッドに着物が半分脱げている彼女がいて、ついでに周りにピンクとかそういう蛍光色のおもちゃがいくつも落ちていたのだから。
「ちがっ、これ、は」
斎藤はまだ何か叫んでいて、そうして震える手で沖田の着物の着衣を直そうとする。
「誰、殺す」
剣呑な声で言ったそれは、全くもって見当違いではあったが、全くもって正常な判断だった。
*
「斎藤さん、聞いてください、誰にも襲われてません」
「うん、分かった、怖かった。沖田ちゃんが僕がいない間に襲われたのかと」
ぎゅうぎゅうと彼女を抱きしめながら斎藤は言った。状況的に分からないことだらけだから、とりあえず安心させるために「分かった」と言っているところがあるのは否めないが。
そうだ、状況的に。だって自分がいない間に自分の彼女が半裸でベッドにいて、下着も付けていなくて、周りにはアダルトグッズが散乱しているとか、ちょっと考えたらアレだ。
「エロ同人でよくあるシチュエーションだ」
「っ……!」
沖田を抱きしめて言った半泣きの彼に、いつもなら「どこでそういうの覚えるんですか!」と言うところだが、実際そういう状況だったのだから仕方ない。
「ていうか昨日読んだ。フィクションはフィクションだから楽しいんだよ、怖い」
半泣きどころか本当に泣き出しそうな声で斎藤は言った。「昨日読んだ」というそれに沖田はびくりと震える。彼がそういう本を読んでいたことに、ではない。
「だって、分からなくて」
「え?」
思わず言ってしまったそれに彼は不思議そうに腕の中で真っ赤になって泣き出しそうになっている沖田を見た。そうして、やっと自分の混乱が落ち着き始めたのを感じる。脳内が整理されてくると、どうしてこんなことになっているのか聞かないと、と至極真っ当な思考になった。
「えーと」
「は、はい」
「どういう状況なの、これ?」
*
時は彼女が刑部姫とのお茶を終えたところまでさかのぼる。
「誘い受け、ですか」
ぽてぽてと廊下を歩きながら彼女は考える。確かにさっき斎藤の部屋を片付けていて読んだ本では、女の子が自分から服を脱いで『たまには』なんて言って相手を誘惑していた。だけれど、そんなのやり方が分からない、と思った。
「服を、自分で脱ぐ?」
それだけでいいのだろうか?いや、たぶん違う、と考えながら歩いていたら斎藤の部屋の前につく。もう自分の部屋に戻ろうと思ったのだがふとそこで足を止める。
「参考、資料」
よく刑部姫さんが大事だって言ってるやつです、と彼女は思う。合鍵は袂に入っていて、思わずパシュンと扉を開けてしまう。そうして吸い寄せられるように彼女は彼の部屋に入った。
「確か今日片づけて」
床にあった「誘い受け」の本はベッドに置いたから、と思い、彼の部屋の書棚にそれを一旦仕舞う。そうして横にあった本を手に取る。なんちゃらかんちゃらに襲われて、と表紙に書いてあるが、脳が言語を理解することを拒んだ。
「参考資料、です」
だけれど、と思って彼女は意を決してそれを開く。シチュエーションは彼氏がいない間に襲われかけて、彼氏が駆けつけて大事には至らなかったものの、脱げかけ、襲われかけの彼女にやさしくそういうことをして慰める、というものだった。
「タイトルよりは、その、甘い内容ですね」
結局襲われてませんし、と沖田はつぶやく。そうして斎藤さんはこういうの好きなのかな、と。そうしてそれから、「使いたい、使わせて、使う」と何かの活用のように言われるたびにそれを拒否し続けたアダルトグッズが置いてある棚を見やった。
*
「それで、こうなった、と」
「だって、分からなくて、脱げかけで、襲われかけ?みたいになってて、怖かったから慰めて、みたいなこと言えばいいのかなって!」
もう自分でも何を言っているのか分からないのだろう。ほとんど泣きながら沖田は言った。
「いや、それは誘い受けじゃない」
それに比して、冷静に斎藤は言った。
「お清めとかそういうやつ」
「だからどこで覚えるんですか、そういうの!?」
「僕が昨日読んで、沖田ちゃんがさっき読んでた本、かな」
そこで彼女はハッとする。この状況をどう再現しようかと手に取った本もまた、まだベッドの上にあった、と。
「あーやっぱり刑部姫さんって神様なんだなあ」
いや、多分それ違う意味ですよね、と沖田は心中思った。確かに彼女は姫路城のそういう神様みたいなものだが、多分彼が言っているのは違うだろう、と。
「ねえ、沖田ちゃん」
「ひゃいっ!?」
先ほどまで着衣を必死に戻そうとしていた彼が、急に乱れたそこから手を差し入れて胸に触れる。彼女が自分で脱いだから、何もつけていない胸に。
「そんなに襲われたかったの?」
「ちがっ、違います!」
「なにが違うの?」
べろり、と斎藤は沖田の唇を舐めて笑った。
*
「うーんとね?」
「やだ、やっ、だめ」
「お清めセックス的なものと誘い受け的なものを一緒にするにはまず、襲われないとね?」
「なに、言って?だめです、やだっ」
斎藤はそう言ってクイっと彼女の手を器用にネクタイで縛る。
「うん、本来的に一緒には出来ないけども、こう、シチュエーションだけでいいならいくらでも」
なんでこの人含蓄のある事みたいに言うんだ、と思っているうちに、まとめられた手は後ろに回された。自由にならない。
「そんで、襲うのは僕じゃ駄目なワケ」
「まって、ちがいます、から!」
彼女は自由に身動きが取れなくなった状態の自分を見てにこっと笑った彼に本能的な恐怖を感じて縮こまり、必死に叫ぶが、彼は笑顔のまま、御高説を垂れるように言った。
「でもここには僕しかいないし、僕以外に沖田ちゃんが襲われるのはもちろん嫌だ」
そう言って、彼はベッドに落ちていたものを拾う。
「や、だ」
「うん、僕がやるけど、僕以外いない状態で襲われる、というシチュエーションを作るのが大事」
なんでこの人論理立ててエロ本を再現しようとしてるんだ、と沖田は声にならない悲鳴を上げた。
「だから、ね?」
カチッとその小さな道具の電源を入れる音がして、彼女はびくりと震えた。
*
「ひゃうっ!やっ、へん、です!」
震えるその大人のおもちゃで胸をなぶられて、いつも彼が手や口でやるのとは全く違う振動に、未知の快楽を拾ってしまう。
「やっ、だから、やだったの、に!」
「だって使わせてって言っても使わせてくれなかったけど、今日は出したの沖田ちゃんだよ?」
そう言って彼は当たり前のことのようにそれで彼女の肌をなぞる。
「や、変です、だめっ」
「そうそう、沖田ちゃんは今襲われているのであった」
何言ってるんだこの人、と思いながらも、原因を作ったのは自分だし、と思う気持ちが半分、それでもこんなことする必要ありますか?と思う気持ちが半分で、しかしその思考回路もだんだんと溶けていってしまうのを彼女は感じていた。
そう思っているうちに、彼の手が少しずつ下がっていく。それに沖田は悲鳴を上げた。
「だ、だめっ!」
「うーんとね、さすがに僕も入れないから大丈夫。興味はあるけど、それだとカンペキに襲われたことになるからね」
忠実に再現するな!と彼女が思ったところで、その振動する機械が秘所に触れる。
「ひゃうっ、やっ、だめっ、あ、うぁ」
「あ、沖田ちゃん、イっちゃだめだからね?」
「ひゃい?」
「さっきも言ったけど、完璧に襲われたらこう、シチュエーション的に、ね?」
楽しげに言いながら、そうだというのに彼は容赦なくその敏感な部分にそれを当てる。
「だめ、やっ、あっ」
「うーん、背徳感。そしてアダルトグッズ買ってた僕偉い」
「えらく、ないです、やぁっ」
「だってさ、こう、自分でやらなくても沖田ちゃんが乱れるとこを鑑賞できる」
そう言って、彼はぷっくりした陰核にそれを当てる。
「ひゃうっ、だめ、だ、め、イっちゃ、う!」
「え?あ、じゃあ終了」
彼女が絶頂を告げようとしたら、彼はいともあっさりとその機械を離して、電源を切った。
「え……?」
唐突に離れた快楽と、疼く熱に沖田は頭が真っ白になる。いつもなら、と思ってそうしてそれから回らない思考回路でこの人は本を再現しようとしていて、と思う。
「ねえ沖田ちゃん」
「は、はい」
「どっちがいい?」
「え?」
「えっとね。沖田ちゃんは襲われかけました。未遂です」
「……?」
「そこに僕が来たので助かりました」
「たすかって、ないです」
「まあまあ。そこでここから分岐なんだけども」
分岐ってなにそれ、と彼女は思いながらも、疼く熱にぼんやりと彼を見やった。
「助けたけど許せない、のお清めセックス、と、怖かったから抱いて?の誘い受けの分岐。まあ、誘い受けとお清めミックスみたいなもんだけど、どっちが先に言いだすかって結構重要だと思うの」
熱に浮かされた頭で、それを彼女はぼーっと聞く。何を言われているのだろう、と。
「で、沖田ちゃんは誘い受けをやってみたかったワケだ」
選択肢って一つしかないよね?と男は笑った。それに彼女は、与えられた熱を一刻も早く収めてほしくて、操られるように言った。
「怖かったです、だから、やさしく、して?」
*
「ていうかさぁ」
「ひゃうっ、やっ、だめ」
がつがつと腰をぶつけながら、挿れた昂ぶりを彼女の中で暴れさせて、彼は言った。
「そもそもにしてっ、だよ」
「あっ、やっ、うぁっ」
「まるで襲われたみたいにしてて、それで誘うってことは根本的に」
しゃべりながら腰を動かし、それから適当に拾ったローターを彼女の陰核に宛がう。
「いやっ、やぁっ、だめ、だめ!」
「うん、もうイっていいんだからね?」
動きは激しいくせに、優しく言えば、いつものくせ、というか教え込まれている彼女はこくこくとうなずいてビクッと震える。
「ははっ、イったんだ。締まる」
「ひゃうっ、いわ、ない、で」
涙目で抗議したけれど、彼は笑って、満足したようにローターを投げ出して、その話の続きをしながら腰を動かす。彼女はその間も何度も細かい絶頂を拾っていた。
「根本的に、それって誘い受けよ?」
よくできました、と彼は言って彼女の頭を撫でた。びくっとそれにも彼女は震える。
「頑張った子にはご褒美」
「ふぇ?」
「零すなよ」
そう言って彼は、熱い精液を彼女の中に注ぎ入れた。
*
「ばかばかばかー!」
「ごめんって」
沖田はぽすぽすと斎藤の背を叩いてばかと繰り返している。
「エロ同人みたいで楽しかったからつい」
「エッチな同人誌読む斎藤さんなんて」
「斎藤さんなんて?」
嫌いです、と言えない自分はどうかしている、と彼女は思いながら抗議するように彼に抱き着いた。
*
「恋愛ってムズカシイですね」
「どしたん?」
今日はこたつでアイスを食べながら、刑部姫は突然言った沖田に問いかける。
「おーい、沖田ちゃん、溶けちゃうよ?ダッツだよこれ、もったいないって」
あ、地球白紙化してるしエミヤくんが作った複製か、とメタなことを考えながら彼女はひらひらと沖田の前でプラスチックのスプーンを振る。
「斎藤さんの考えてることが分からないです」
それにやっと正気に返ったようにぱくっと一口苺アイスを食べて、沖田はため息と共に言った。
「おー!付き合ってる相手のことが分からなくなって破局3秒前もけっこう好きなネタだよ」
「いえ、きらいですって言えなくて」
それに刑部姫は自分の分のチョコレートアイスをぱくりと食べる。
「あれなんだよね」
「え?」
「んー、こっちの話」
あれなんだよね、この二人ってなんだかんだと修羅場らないし、修羅場っても自力で解決するし、ネタ的にはすっごく美味しいってわけじゃないんだよね、と刑部姫は思った。
「うーん、でもそういう甘酸っぱいのあんま書かないけど好きよ?」
「はい?」
「今日はコーヒーにチャレンジしない?」
不思議そうに聞いてきた彼女に、刑部姫は笑って言った。
「にがーいやつ。ビターなやつ」
そう、笑って。