デート
 目覚まし代わりのスマートフォンが悠長な音楽で鳴っている。私はそれをタップして、止まらないから回らない頭で、ああスワイプ、と思う。
「パブロフの犬……ですかねぇ」
 メロディの名前は清流とかそんな、ファイルに入っていた既存の音楽。それで目が覚めるようになったのだから、なんというか、習慣って怖い。
 しかも今日は、いつもと違う時間だというのに。
「デート、デートかぁ」
 ぼんやりとつぶやく。結婚適齢期、と言われる年齢の会社員だから、デートの一つくらい、と言われそうだが、私にはどうにも無縁な話だったから、どうにも億劫だ。しかもそのデートというのがまた厄介で、ほとんどお見合いなのだった。
 別段結婚相談所とかそういうところに登録している、という訳ではなく、ただ、親の紹介でデートに行く。
「なんという悲惨さ」
 髪を梳かしながらつぶやく。孫の顔は見なくてもいいから少しは女の子らしく、と母に言われてキャリアウーマンも女の子です!と電話越しに言ったらため息をつかれた。お節介だと思ったが、まあ私だって悪いのだろう。
「まあ、母さんの紹介なら変な人ではないでしょう」
 ため息をついて、私は数少ない余所行きの服装に着替えて部屋を出た。
*
「やっほー!」
「うわぁ、変な人でした」
 だから、待ち合わせ場所で出会った今日セッティングされた「デート」に来ていた男性に、私は大きく息をつく。これこそ変な人ですよ、母上。
「いつ帰ってきたんです?」
「え、一昨日。おばさんとこ行って、「総司ったらまだ結婚してないのよ」って言われたから、じゃあ僕が結婚しますって言った」
 紛うことなき変な人じゃないか、この幼馴染の斎藤一は。
「御曹司様がフラフラしないで」
 あなた確か地方の支店の役員任されて引っ越したんでしょう?幼馴染が御曹司なのは漫画の世界だけだと思っていたから、彼がそうだと知った中学生の頃、かなり驚いたのだけれど。
「大丈夫、家庭に入れとか言うタイプじゃないんで。キャリアウーマン好きよ、かっこよくて」
「いや、なんで結婚が前提の話してるんです、あなた」
 どっと疲れた。これならお見合い断らずに適当に結婚しておけばよかったのかな、なんて相変わらずへらへら笑う男に思う。
 好きだったのに。住む世界が違うと知ってしまったから、中学生で手放した恋。それに縋って、ずっと誰とも付き合わないでここまで来てしまった自分が、妙に惨めに思えた。眼前の祖の初恋の幼馴染は結婚しよう、と言っているのに。
「好きだったのにさー、僕も」
「も?」
「も。でも親の都合ってザンコクよね」
 ハーレクイン、と男はふざけたように笑って言った。
「それで、どこ行く?映画?カフェ?どこでもいいよ。プランAからZまである」
「気持ち悪い」
「ひどくなーい?だって結婚するんだよ?」
「だーかーらー!」
「家庭に入れとは言いません。なぜなら沖田ちゃんの勤めてる会社は僕のモノになるからです」
「……は?」
「やり手なのよ、若社長は」
 この男はどこまで私の人生を滅茶苦茶にすれば気が済むんだ。
 ……ずっと昔から。
2021/2/22