花喰鳥
「さいとうさ、ん、いやっ」
「僕別に嫌じゃないけど」
妙に冷静で明瞭な思考回路で、斎藤は裸の沖田を見下ろした。
*
斎藤にはカルデアにやってきて驚いたことがいくつもある。その多くが、歴史上の偉人が女であることだった。自身の出身国で言えば宮本武蔵や加藤段蔵か。いや、段蔵はからくりと聞いて余計に混乱したが。
「ま、でも沖田ちゃんも男だって思われてたみたいだし」
そう言って自分を納得させる。それが少しひりひりと痛むのを覚えながら。
「そーですよ。あいつは僕より町娘にはモテモテだったからね!僕が廓に行ってる間にいくつ女の子をひっかけてたことか!」
自分で言っても最低だ、と思いながら彼はマスターに渡された地図を見る。自分が廓で遊びまくっていた、という事実を沖田が知っているだろうことがどうにも引っ掛かった。生前は全くと言っていいほど、気になりもしなかったのに、このカルデアの沖田はどうにも駄目だ、と思った。
よく笑うし、よく食べるし、よくしゃべる。
あの昏い一番隊隊長の顔なんて、もうとんと見ていない。もしかしたら邪馬台国で立ち会った時だけかもしれない。
「ま、別に僕が女買ったからって沖田ちゃんには関係ありませんけどー」
適当に言ったら、ぴょこんと腕に何かが飛びついた。
「うわっ!?」
「なにが私には関係ないんですか?」
「沖田ちゃん?」
いつも通り一仕合と言いに来たのだろう沖田に、斎藤は前半部分を聞かれていなくてよかった、と思ってそれから、聞かれていたっていいじゃないか、と思った。
妙に思考が冷たい、と思ってそれから、ああ、彼女に知られたくなかったことがたくさんあって、そうしてそれは生前にはまったく気にならなかったことばかりなのだと気が付いた。
今、こうして相対する沖田はどこか「女」の要素を持っていた。全く気にしたことのなかったそれが、ひどく怖い。ひどく寂しい。
寂しい?
自分たちの仲間で、男と同じく生きてきた彼女を失ったことだろうか、と思った。
「斎藤さん、カルデア散策ですか?」
「まあね。まだ慣れないし。風呂場ってどこかなとか思って。ま、僕部屋のシャワーで十分なんだけど」
「あ、じゃあ私案内しますよ」
こっちが大浴場で、と言った沖田に、斎藤は思わずあり得もしないことを聞いた。
「ねえ、沖田ちゃん。男湯に入ったりしてないよね?」
「……はぁ!?いくら斎藤さんでもぶっ飛ばしますよ!!??」
私だって女なんです、と叫んだ沖田に、斎藤の中のほの暗い一本の糸がぷつんと切れた。
「僕、部屋のシャワーで十分だわ」
「え?」
「だからちょっと顔貸せ」
顔ってか、体か、と脳内で思いながら、斎藤はひょいと猫でもつまむみたいに沖田をずるずる引きずって自分の部屋に連れ込んだ。
*
「ちょ、斎藤さん、なんなんですか!?」
「シャワー浴びる?それくらいは選ばせてあげるけど」
「はい?」
「あ、僕はいいや。今日別に汗かいてないし、どうせ今から汗かくからあとでいいし」
「なに、言って?」
「いや、お前のこと犯そうかなって」
「はいいいいい???」
大混乱で応じた沖田に、「じゃあ沖田ちゃんもシャワー浴びなくていいか」と勝手に話を進めて、彼は彼女の着物から下着までをすべて取っ払ってベッドの下に投げ捨てた。
「さいとうさ、ん、いやっ」
「僕別に嫌じゃないけど」
妙に冷静で明瞭な思考回路で、斎藤は裸の沖田を見下ろした。
*
裸でふるえる沖田を見下ろして、そこまで来て斎藤はさてどうしようか、と思った。我ながらひどいな、なんて思いながら。
「ねえ、沖田ちゃん」
「はい」
この状況で律義に答えた妹のような存在に、ぷつんと切れた糸の意味を説明しようと、この状態で思った。
「女の子なんだよね、お前」
「え?」
「僕ってば全然意識してなくてさ、昔は特に」
「は、い?」
「お前が子供と遊んだり、町娘にキャーキャー言われてるときにさ、廓で女買ってたんだわ」
「え、と」
こんな暴露大会じみたことして、なんになるのだろうと思いながら、だけれど言ってしまわないと、説明しないと先に進めないのを知っていた。
「そりゃ知っての通り僕は遊び人ですからね、金子もあったしとっかえひっかえ抱いたような気がしますよ」
「斎藤さん、何言って?」
明らかに怯えたふうに言った沖田に、斎藤は酷薄に言った。
「目の前にこんないい女が転がってたのに、さ」
そう言って、胸に手を掛けようとする。さすがにもう、自分のことを仲間だなんて思えないだろうと思った。
そう思ってほしかった。
お前は女で、僕は男で、だから無理やりこういうことだってできて、だけどお前はそれを分かってない。分かってないから昔だって、当たり前みたいに自分の前に裸で現れて、自分がどれだけ遊び歩いても「またですか」なんて笑って。
ここに来て自分が女だって自覚があるくせに、僕や副長の前では前と変わりがないなんて、そんなの。
そんなの、僕が惨めすぎる。
そう、思った。
こんなに好きなのに、こんなに劣情を抱くのに、男として、愛していたのに、遊び歩いた自分も、顧みなかった自分も、振り返らなかった彼女も。
「全部、嫌いだ」
そう言って乱暴に胸に手を掛けようとした時だった。
「斎藤さん」
伸ばした手よりも早く、首を掻き抱かれる。
「は…?」
そのままぎゅうと抱きしめられて、柔らかな胸に顔を押し付けるように、沖田に抱きしめられた斎藤は、その肌の感触と、突然の行動に思考が停止していた。
「すみません、やり方、分からなくて。でも斎藤さんが苦しいのは分かります」
だって仲間ですから、と彼女は当たり前みたいに言った。
「どうやったら斎藤さんは安心するんだろうって、思ったんですけど、心臓の音聞くと落ち着くから」
「いや、沖田ちゃん」
僕ってば今まさにお前を犯そうとしたんだぜ?
買った女と同じくらい、適当に、酷く犯そうとしたんだぜ?
なんで、慰めるんだよ。なんで優しくできるんだよ。
「ね、斎藤さん」
「……」
「ごめんなさい。私はみなさんと一緒にずっといたから、自分の性別なんてどうだってよかったんです。でもみなさんはきっと違った。そんなことにも気づかないでお別れしちゃったんです。こことか、いろいろなところで、自分が女だって思ったら、なんだか桜色の着物を着てみたり、髪を結ってみたりね、自分でも変だなって思ってたんです」
語られた言葉に、斎藤は呆然としていた。彼女を変えた原因が知りたいわけではないけれど、彼女の口から語られる言葉がひどく重かった。自分が彼女を犯そうとしたすべてがそこにはあった。
「お前は女の子なんだ」
「はい」
だから、と思考は空転した。なにが正解で、なにが不正解で、と思ったけれど、そんなことはもうどうだってよかった。彼女に抱きしめられて、心音を聴いていたら、自身のぐちゃぐちゃで暗い感情がほどけていくようだった。
「ごめん、沖田ちゃん、ごめん。分からなくて、お前を女として見て本当にいいのか、ずっと考えていて。昔から」
「気づけなくて、ごめんなさい」
「そうじゃない、お前は謝るな」
こんなふうに縋りついているのに、斎藤はそう思いながら言った。言って体を起こして彼女の唇に口づけた。
「んっ」
舌を差し入れて、歯列をなぞる。唾液を交換するようなそれに、彼女はされるがままになっていた。
「好き、だ」
唇を離して言ったら、彼女は緩く笑った。
「斎藤さん、本当のことを言うと、私、斎藤さんが廓に行くの嫌でした」
「え?」
「だって、女の子、買ってたんでしょう?知ってるんですから、それくらい」
斎藤はその言葉にぱちくりと目を閉じたり開いたりした。
「あのね、私斎藤さんのこと大好きだったんです。だけど、私たちは仲間だったから」
そう言ってやっぱりゆったりと笑った彼女を、斎藤は今度はしっかりと抱きしめて、息もできないほど深く口づけた。
「はっうっ、は、息、でき、な」
「そういうことはもっと早く言いなさい」
唇を離したら、名残惜し気な銀糸が伝った。そうしたら、彼女は言った。
「あの、ですね」
「うん」
「やり方なんて、知らないから、斎藤さんが教えて?」
それに斎藤はふと笑った。
「最高に気持ちよくしてあげる」
*
「うぁ、だめ、そんなとこ、きた、ない」
「そう?すごく綺麗でかわいいけど」
「しゃべら、ないで!あっ、あ、んっ」
斎藤は彼女の秘所に顔をうずめて、べろりとその敏感な部分を舐った。もう全身くまなく愛撫されて、残っているのはそこだけ、というほどにゆっくりと時間をかけて彼女の体の敏感な部分を蹂躙し尽くしたから、互いにもう汗だくだ。これは事後にはシャワーだな、なんて冷静な部分が考えた。
「あっ、いや、なに、なに」
じゅると殊更に音を立てて陰核を吸えば、未知の快楽に沖田がびくびくと震えて、それから逃げようとするが、狭いベッドに全裸で投げ込まれているのだ、逃げられるはずもない。
「一番気持ちいいとこ、かな。ま、中の方がいいかもだけど」
すごいことをさらりと言って、彼はそこに軽く歯を立てる。そうしたら彼女の頭の中は真っ白になった。
「ひゃうっ」
喘ぎ声とも違う、小動物の鳴き声のような声をあげて、くたっと身体をベッドに預けた沖田に、斎藤は笑った。
「イっちゃった?」
「わかん、ないです」
荒い呼吸で言った彼女は確かに一度達したのだろうと思って、それがひどく愉悦をもたらす。
「ね、気持ちい?」
「斎藤さんのばか」
「じゃ、気持ちよくない?」
「そんな、こと、言えません!」
「ふーん、じゃあ言ってくれるまで」
そう言って、つぷと彼はその秘所に指を差し入れた。
「ふぁっ!」
「本番はお預けということで」
「あっ、や、な、」
「まあ本番はもっと気持ちいかもだけど、好きなだけよがりなよ」
気持ちいいって認めるまでさ、と男は妖しく笑った。
*
「あっ、だめ、だめぇ、そこ、や」
「あれかーGスポット、だっけ?なんか読んだだけだから知らんけど」
「あ、また、また」
中に入った指はもう三本になるだろうか、斎藤はそれらをばらばらに動かして、その上で彼女が敏感に反応する部分を執拗にぐりぐりと押した。流れ落ちる愛液で滑りが良くなったことを良いことに、彼女の秘所をもてあそんでどれくらい経つか、もう分からない。
「また、いっちゃう」
「ほら、イっちゃえ」
「きゃうっ、あ、あ、だめぇ、だめ」
こうやって絶頂に導かれて何度目だろうか。沖田はもう体がもたない、と思いながら、斎藤を涙目で見上げた。
「斎藤、さん」
「んー?」
「気持ちいいから、も、やめ、て」
「認めたね?沖田ちゃんはエッチな子ってことで」
「そういうんじゃ、ないです!」
必死に反駁した沖田のそこからずるりと指を引き抜いたら、彼女は荒く息をついた。
「ふぁっ、エッチじゃないもん」
「エッチじゃない子はこんなに指で責められてよがったりしません」
「それは斎藤さんが!」
意地悪く言ったら彼女は真っ赤な顔を腕で覆って言った。
「斎藤さん以外にこんなことされたら、叩き斬ってます」
だからエッチじゃないもん、と続けた彼女の殺し文句に、斎藤は自身の欲が高まるのを感じた。
「じゃあ、さ」
そう言いながらもっと早くこの感情に名前を付けておけばよかった、なんて思う。こんなにも思ってくれるのに、ずっとずっと目を閉じていたのはどちらだろう、と。
「僕限定のお姫様ってことで」
「ひあ」
そう言ってくいと片足を持ち上げる。殺し文句には殺し文句を、なんて思って言ったそれに、確かに彼女は頭の中が真っ白になるくらい驚いていた。
「挿れるよ」
「ちょ、まって、まっあ、いた、い」
「ごめん、止まれない」
片足を持ち上げたまま、彼はもう十分に硬くなった自身の怒張を、濡れそぼった彼女のそこに差し入れた。破瓜の痛みでつうと一筋流れた涙をべろりと舐め取れば、それさえ快楽に変わるように、彼女はびくんと震えた。
「はは、可愛い」
「さいと、う、さん、あっ、だめ、そこ、やだぁ」
「そこってここ?初めてなのにやっぱりエロいな」
そう言って彼は彼女のその最奥を叩く。
「ひゃんっ!や、変です、指と、違う」
「あたりまえでしょーが」
そう言って彼は容赦なく脈打つ肉棒でぐちゃぐちゃに彼女の中を犯した。
「仮にも、男の一番大事なもんを馬鹿にしないように」
「やっ、馬鹿に、して、ませんっ」
「しーてーまーすー」
そうふざけたように言って斎藤は一瞬入り口近くまでそれを引き抜く。完全に抜いたわけではない状態で、浅い部分でゆるゆると動かせば、どうにもゆるく長い快楽に、彼女はびくびくと震えた。奥を叩かれるのとも違う感覚だった。
「やっ、変」
「変じゃなくて、きもちいい、でしょ?」
「こすれ、て、あっ、んぁ」
「こすれて?」
「きもちいい、で、す」
「よくできました」
「ひ、あぁぁぁ!?な、きゅう、あっあっ、だめ、だめ」
気持ちいいと言った瞬間に、斎藤はそれを奥まで一気に押し込んだ。最奥の大切な部分を強くなぶられて、沖田は小刻みに訪れていた快楽から、一瞬ですべてを持って行かれるような快感に、ぎゅうと彼を締め付けた。
「だめ、あ、も、いっちゃ、いっちゃうのと、ちが」
「もうイき過ぎてわかんないくらい、イっちゃえ」
「あつ、い、あ、きもち、い。気持ちいか、ら」
「じゃあもっといいもんあげましょうかね」
「ひゃいっ?」
もうどうなったか分からないような彼女にそう告げて、彼はどくんと自身が脈打つのを感じて、そうしてその白濁を彼女の最奥にぶちまけた。
「あつ、い、で、す」
「孕んじゃえばいいのに」
くすっと笑って男はすごいことを言った。だけれど彼女にはそんなこと聞こえていないようで、その白濁を受け止めて、震えながらぎゅうと彼に抱き着いた。
*
「痛くない?」
「だいじょうぶ、です。ていうかひとりで」
「だーめ。倒れたりしたら僕の心臓が止まる」
ざあとシャワーが二人を濡らす。あれからどれくらいだろうか。汗だくになるまでやって、それでも意識を保っていたのはサーヴァントだからか、それとも二人のたちか。それで斎藤は、沖田の息が調うとすぐに彼女を抱えてバスルームに行った。ユニットバスも付属しているそこに、待遇良いよなあ、なんて思いながら、彼女を後ろから抱きしめるようにして、シャワーを浴びて体を清めていた。
「ていうかさ、一人でって言うけど」
「ひゃんっ!?」
「こーいうことも一人できるんですかね、沖田ちゃん?」
そう言って彼は彼女の中に指を入れて、何度も執拗に出したために溢れそうな白濁を掻き出した。
「やっ、もう、あっ、だめ、だめ」
「大丈夫だって、今日はもうしないから、でもちょっと気持ちくなってるでしょ」
エロい、とつぶやいて、彼は指を差し入れて掻き出して、それからそこにシャワーをあてた。少しわざとやっていることを知っていながら。
「だめ、そんなことされたら!」
「またイっちゃう、とか?」
「だめぇ」
くたっと身体を預けた彼女を支えて、シャワーを止める。十分汗も何もかも流せたし、それから事後にこんなしどけない姿を見せる彼女も見られたし、と満足げに斎藤はそれでも彼女に追い打ちをかけた。
「シャワーでイっちゃう淫乱さん」
「ちがいます…!斎藤さんが、いじわる、するから」
そう言って、沖田は急に斎藤に口づけた。
「んっ?」
「仕返し、です」
そう言った彼女に、今度は斎藤から口づける。
(ほんとにさ)
ゆっくりと息を交換するように口づけながら、彼は思った。
ほんとに好きだったんだ。
だから変わってしまったお前が怖くて。
誰か他に、僕以外の誰かのためだったら怖くて。
こんなふうに犯した僕を、だけど受け止めるから。
「好きだよ、沖田ちゃん」
唇を離して、静かに彼は言った。
バスルームに、その声が小さく反響した。
「勝訴ストリップ」