羽織


「この羽織……」
「揃い、だってさ」

 何が良いんだか、と呟いてみたが、隊士全員が同じ羽織を着て、着物を着て歩くのは悪くはないなと思わないでもなかった。自分でもどうにも不安定な感情だったが、結束だの、絆だの、そういったものから程遠い人間だと知っていたからかもしれなかった。


 だから。





「沖田ちゃんってさ、あんまりカルデアで羽織着てないよね?」

 思わず尋ねたそれに、彼女はきょとんと振り返る。

「ええ。動きにくいので」

 返ってきた簡潔な答えに、一瞬目を見開いて、それからいつも動きやすいという理由だけでスーツを着ている自分を思った。

「羽織は動きにくいかぁ……」
「なんです、斎藤さんには言われたくありませんよ。スーツなんて気取ってへらへらして」
「ちーがーいーまーすー、気取ってませんー」

 くるりと手元で刀を回して、スーツ姿のままそう言えば、動きやすそうな着物姿の沖田ちゃんはお茶を一口飲んで笑った。

「羽織は……そうですね」

 そうして手元のその茶碗に目を落として、笑ったままに彼女は呟く。

「なんでしょうね、みんな同じ格好だったから」
「……うん」
「討ち入りの時とか分かりやすいっていうのもあるけれど、それでも……」

 ぼんやりと彼女は言って、そうして不意に片手を伸ばした。

「私は違うんですよ」
「……は?」

 言葉の意味が分からずに、羽織を纏っていない片手の着物を見詰めながら呟けば、彼女は静かに笑った。笑って、言った。

「最期まで、あれを着ていたかったと思うことがあるけれど、私はどう頑張ってもそうはあれなかったから」

 その言葉に、自分は何を言えるだろうとぼんやりと考えた。
 最後までそれを着ていたかったと、隊士でいたかったと願った女性と、袂を分かち、生き延びた自分自身と。

「そうあれなかったのは、たぶん、俺も」

 ぽつり、と出てきた言葉にハッとしたように沖田ちゃんが顔を上げてこちらを見た。

「隊士でいたかった。だけどさ、なんて言えば良いんだろうね。俺たちは流されて、それで」

 それで、どこに行ったのだろう。それで、何を為したのだろう。

「だけど、さ」

 病に臥せった女を見詰める。羽織を着ることをそうあれなかったと呟く彼女も、その組織に離反した自分も、それでも。

「なんで俺たちは、サーヴァントになる時、羽織があるんだろうって、それはきっと、あの日々が嘘じゃないからだと思うよ」

 たくさんのことがあって、たくさんの日々があって、間違って、躓いて、戦って、走って。

「それで良いんじゃないかな、沖田隊長?」

 笑って言えば、彼女も少しだけ笑ってくれた。
 あの日々が本当だったと信じているから、きっとこの姿を持っているのだろうと信じたっていいじゃないか、と。
 着物姿の女と、スーツ姿の自分が笑い合うそこに辿り着くまでの日々は、きっと嘘ではなかったから。


2022/8/20