保護猫
「え、それは沖田君の了承を得ているの?君の妄想ではなくて?大丈夫?役所には行けた?書類とか……」
「あのですね、山南さんは僕のことなんだと思って」
「沖田君のストー」
「山南それ以上やめてくれ、ほんとの書類を見て死にそうな俺の気持ちを慮ってくれ」
はぁっと深いため息をついて、デスクからばさり、と数枚の書類とそれから自分と、山南宛の結婚式の招待状二通を、土方は山南の方に投げる。
「本気らしい。どうやったら沖田があれで?と思ったんだがな、あいつも大概馬鹿だからな。ちょっと丸め込めば」
「結婚はそういうのじゃないって何度言えば!」
「だからそういうんじゃないです!!」
本気です!と部下に叫ばれたところでそろり、と隣の課の女性、というかそこの課の上司の永倉を盾にした沖田がちょこちょことやってきた。
「あの、ほんとなんです。気づいたら婚姻届書いていて、判を押していまして」
「ねー、聞きましたこれ?いわゆる詐欺じゃんって思った俺はまっっったくおかしくないんだな、どうします?これ総司が真っ赤になって恥ずかしがってるの含めてどうします?」
永倉が後ろで恥ずかしそうにちょこちょこしている沖田を猫みたいにつまんで土方と山南の前に差し出したら、二人は同時に、それぞれに言った。
「警察」
「カウンセラー」
*
「ひどいよねぇ」
「わ、私もちょっと何があったのか分からないのですが、なぜあんなに?洗脳とは?」
もふもふと終業後の保護猫カフェで猫を撫でながら沖田はこてんと首を傾げた。洗脳だから警察に連絡して心理カウンセリング、と言われた時、「斎藤さんと結婚するのにですか?」と言ったらそれが火に油を注ぐことになるなんて、と。
「なんでだろうね?」
愛し合ってるのにね?と聞かれてこくんとうなずいたのを見て、斎藤はきっとこれが洗脳だと思われてるんだろうなぁと思いながら黒猫と彼女を交互に撫でた。初めこそすったもんだあった気がするがこれを見てほしい。ただの可愛い奥さんである。
「ね、この子気に入ったんだね?前からずっと」
「あ、の。でもここの規約厳しいので、その、斎藤さんが嫌なら別に」
「何言ってるの?結婚するし家も建てるでしょ?猫好きだよ、僕も」
ていうかそれでペットショップに行かずに保護猫というところが最高に可愛いしもう誰にも見せたくないしなんなら寿退社させて一生涯自分と猫と子供が出来たら子供とまったりしていてほしい、専業主婦が大変なのは知っている、姉ちゃん大変そうだし、だけどそういう問題を抜きにして家に
「なんきんしたい」
「はい?」
「ううん?なんでも?」
ああ、こういうところが洗脳とか警察とか言われるのかなぁと思いつつも可愛くて仕方ないのだから仕方ない。
「じゃあ今度、休みの日にちゃんとお話しようか」
「はい!」
(か、かわいい……!!)
*
「ということで新居で保護猫飼うんですよ、保護猫!!」
「俺の聞き間違いでなければすったもんだはあったし、軟禁したいと聞こえたんだが」
「言ったかもしれませんが記憶にないです」
都合のいい脳みそをしている部下かつ昔から知っているクソガキ、と思いながら、なかなかどうして沖田はコイツに引っ掛かった?と土方は眉間に手を当てた。引っ掛かったというか。
「斎藤君の執念というか粘り勝ちというか……」
「一念岩をも通すとは言うがな、おまえほんっとに沖田好きだな」
「やだな、戸籍上では斎藤なんですよ?もう書類出してますから。ただやっぱりキャリアウーマンだし沖田でいいんですけど、あんまり人の奥さん気軽に呼ばないでくれますか?」
「うわー、土方君、殴りたい。殴っていいかい」
「好きにしろ」
*
「ということで新居で保護猫を、次の休みに、約款など!」
「え、沖田ほんと大丈夫なの?子供の時から斎藤に付き纏われてた印象しかないけど?」
「え?」
「嘘でしょ、この子自覚なかったの!?もしかして俺たちがもっとちゃんとリスク管理しとかなきゃならなかった系なの?あと猫は可愛いから見せてね、猫は」
「はい!ありがとうございます、永倉さん!」
嘘でしょ、ともう一度永倉は言って、手元にずっと置いてある式の招待状を見た。
「嘘でしょ……?」
2021/4/27