本命


「おはよう」
「おはようございます」

 へらっと声を掛けてきた同級生に、私は少し気がふさいでいたがいつも通り挨拶を返す。男友達、なんて滅多にいないのだから大切にしないと、なんて妙なことを思った。

「すごいね」

 だから、気がふさぐのだ。机の上に載っていたチョコレートの山、山、山。今年クラスが一緒になって仲良くなった斎藤さんに、この光景を見られるのがちょっとだけ嫌だった。というのが本音だ。

「今日ってバレンタインよね?」
「……そうですね」
「モテるんだねぇ」

 しみじみ言われて、私ははあっとため息をつく。

「沖田ちゃんカッコイイから」

 フォローのつもりだろうそれに、私はさらに気がふさぐ。全部、女子から。友チョコじゃなくて本命なのが本当に。

「斎藤さんだってモテるでしょう?」
「いやー?沖田ちゃんほどじゃないよ?」

 私ほどじゃないということは、とやっと視線を彼に向ければ、小脇に手提げ袋の大きめの奴を抱えている。たぶん、中にはチョコレートが埋まっているのだろう。

「朝ロッカー開けたらこれよ。おかげでプリント入れてたやつをこんなことに使うことに」
「私もそんな感じです」

 片づけなきゃ、と思いながら、どうしてかその光景を見られたことと、その彼がチョコレートをいっぱいもらっていることが引っ掛かる。そうして、それを「当たり前」のこととして片づける彼も。
 たまたま同じ高校で、同じクラスで、同じ部活で、という彼とは初対面から気が合った。気が合った?合わせてくれた?と今になれば思う。同じ部活と言えども男女が違うのに、と。私というとそれにずぶずぶ甘えるように、なんだかんだと一緒に帰ったり、買い物に行ったりと、斎藤さんが「男友達」の範疇を超えたような存在になっていた。
 でも、その彼にとってみても、私にとってみても「バレンタイン」という行事は特別なものではないのだ、と思ったら、鞄の底に眠っている、自分宛てではないチョコレートがどうにも空しかった。

「でもさー」

 そう言って、彼は私の前の席の男子がまだ来ていないのをいいことに、椅子に後ろ前に座って言う。

「直接渡せなきゃ、意味なくない?ロッカーにぶち込んだり、机に乗っけたり」
「それは、まあ」
「ということで、はい」
「え?」

 私は彼のそれに素っ頓狂な声を上げていた。彼が差し出したのは綺麗にラッピングされた、クッキー缶。

「チョコは食傷気味だろうと思って。逆チョコっていうか逆クッキーっていうかね。一応、言うまでもないけど」

 そこで彼は言葉を切った。その一瞬がちょっと怖い。そうしたら、いつも通りにへらりと笑って言う。

「本命よ、これ?」

 そのヘラヘラしているくせに隙のない笑みに、私はスクールバッグの奥底に手を伸ばす。こんなの反則だ。男子から先なんて。

「沖田ちゃんは本命とかないの?本命渡した身としては気になりますね」

 笑いながら、からかうように、全部知っているように、彼は言った。だから私は取り出したそれを一思いに渡す。

「本命、ですよ。直接渡すんだから」

 勘違いしてください、盛大に。


2021/2/13