彩り


 この歳になるともう世の中に期待するというか、自分自身に期待すること自体が無意味なことになってくるなあ、と思いながら、ブルーライトカットの機能が付いた眼鏡越しにパソコンの画面を見る。

「残業が恋人ですよ、どうせ」

 サラリーマンだとしても例えば大手商社マンだとかそういうことであればまた違っていたのかもしれないし、三日前に5年付き合って結婚を考えていた彼女が二股していたっていうか僕の方がキープだった事実と『そういうことだから別れて』と派手に振られたことがなければまた違っていたのかもしれない。

「いや、違いはないか……くたびれたサラリーマン……」

 そう思ってネクタイを軽く緩める。もうこの時間だから誰もいないしいいだろ、と思ってからカレンダーに目をやってふと気が付いた。

「あー……沖田ちゃん、先週入学式だったよなぁ」

 いいなぁ、大学生、と実家住まいの頃は隣の家だった妹のような子が大学生になったことを思い出す。お祝い、何かあげないとなあ。

「いや、くたびれたサラリーマンからお祝いもらっても嬉しくないか」

 カタカタとキーボードを打ちながら呟いて、それでもまあ、駅前にできた喫茶店にでも連れていこうか、と思う。うん、元カノ連れていこうと思ってた新しくて流行の喫茶店とかじゃないから!





「わー、パフェ!」
「たんとお食べ」
「目線がおじいちゃんですが、何かあったんですか、斎藤さん」
「何もないよー、大学の入学祝いだってば」
「アレですねぇ、彼女さんに怒られませんか?」

 ぱくりと長いスプーンでパフェを掬った沖田ちゃんに言われて、思わずプツンと思考回路が途切れた。

「怒られないよ、ここはね、元カノと来るつもりだったの。分かる?元カノ、元!!」
「うわぁ……」
「もう沖田ちゃんだから言うけどね、この歳になると人生に彩りなんてもの無くなってくるワケよ。しかもキープだったとか、それで元カノとなぜかセックスもしたことない理由が分かっちゃってもう何年ヤってないの僕?ただのかわいそうなサラリーマンじゃん。大学生活満喫しなね、こんなふうにならないように!」

 ブラックコーヒーを机に叩きつけて言ったら沖田ちゃんが憐れなものを見るような目をしてからにこりと笑った。

「なりましょうか、彩り」
「え?」

 何を言っているかよく分からずに聞き返せば、彼女はにこっと笑う。

「私が斎藤さんの人生の彩りになりましょうか、って言ってるんです」

 エ、ナニイッテルノ?

「……やめて、通報される!」


2022/4/10