風邪


 あー、なんか喉いてーし、頭ぐらぐらする。これあれですかね、風邪。そう思って僕はとりあえず熱を測ってみる。カルデアってすごいよな、一部屋に一本体温計ある。

「えーと、三十八度。高めだな」

 寝てよー、ナイチンゲールんさんに怒られんの嫌だし、アスクレピオスさんに妙な実験台にされるのも嫌だし。そう思っていたらゲホゲホと咳が出た。

「ったく、サーヴァントになっても風邪ひくたあね」
「斎藤さん!」

 そう適当に言ったら気配に気づかなかったそれが駆け込んできた。やべ、鍵掛けてなかったか。

「咳!!」

 沖田ちゃんだった。

「あー、ちょっと風邪っぽくて。あ、ちょっと頼んでいい?今日の出撃入ってないけど明日以降もちょい入れないでってマスターちゃんに……ってオイ!?」

 そう頼もうとしたら沖田ちゃんにすごい勢いで抱え上げられる。この子何気に力あるのよね、貧弱ちゃんのくせに。

「医務室、早く、だめ!」
「落ち着け、ただの風邪だから寝てりゃあ治る」

 抱き上げられたけれど、とりあえず膂力は僕の方があるし、と思って彼女を制して、腕から降りる。そうしたら泣きそうな顔の沖田ちゃんがこちらを見ていた。

「うそ、つかないで!」
「いや、嘘じゃないって」

 と言ったところで咳が出た。あーこれ結構ひどいのか?

「駄目です、早く、医務室!」

 泣きそうな顔で言われて、僕はああ、と思う。ああそうか、そうだよな。怖いよな、と。

「お前が一番、こういうの、怖いよな。ごめん」

 そう言ったら沖田ちゃんは泣き出した。ほんとに情緒豊かになっちゃって。

「風邪じゃないかもしれないから、駄目だから!」

 叫ばれてぐいぐいと腕を引かれて、僕は落ち着くようにまた言って、それから彼女の手をしっかり握る。

「医務室、ちゃんと行くから一緒来てよ。注射怖いな」
「わがまま」

 泣きながら、彼女は言った。ほんとにもう。





「感冒ですね。なぜここまでひどくなるまで?」
「いやー、昨日一昨日と出撃で、なんか怠いなあとは思ってたんですが」

 そう言ったらナイチンゲールんさんにキッとにらまれる。怖い。副長と違って話通じるようで通じねえから苦手なんだよなぁ、この人。

「ミスター・サイトウ。一週間は安静にしていなさい。気管支炎も発症しています。熱もこれから上がります」
「はい」
「薬は一週間分処方しますから、一週間後に……どうしました」

 そこでナイチンゲールさんは一緒に来た沖田ちゃんを振り返る。さっきなんかよりもずっとぼろぼろ泣いていた。

「かぜ、ですね、ナイチンゲールさん」
「はい」

 きっぱりと答えた彼女に、沖田ちゃんは胸に手を当てる。

「よかっ、た」

 ぼろぼろ泣いて、そう彼女は言った。





「食べたいものでも、欲しいものでもなんでも沖田お姉さんが持ってきてあげますからね!」
「いいって、自分でやるよ」

 薬をもらって部屋に戻ったら、沖田ちゃんは少しだけ外してすぐに戻ってきた。本当に、こういう心配はかけちゃだめだってのに。

「マスターに一週間お休みもらいましたので!」

 一週間は私が専属ナースです!と沖田ちゃんは宣言した。ほんとにもう。

「じゃあお言葉に甘えますかね」
「昔してもらったみたいに、今度は私が斎藤さんを看病します。斎藤さんを病で死なせたりしないもん」

 気丈に言ったのに、どこか目が腫れている。ただの風邪だ。お前とは違うから。だから、泣くなって。


  2021/3/16