記憶
「教科書英語って不安定ですねぇ」
まあ一応取ってはいたのでしゃべれますけど、ちょっとスピード上がるとついて行けません、と思いながら、私は博物館を出た。今日は大学の友達と卒業旅行の海外旅行の三日目。個人行動、というか、「古今東西の英雄展」を常設でやっている博物館に私は一人で来ていた。
「おなか、空きました」
もちろんチケットも買えたし、展示も素晴らしくて、ついでに説明文は英語だったから読むのは簡単。だけれど何度か声を掛けられて、自分の髪の色の関係もあるのだろうけれど、海外の人と勘違いされたみたいだった。
「地毛、なんですけども」
ちょっと髪をいじって言う。掛けられた声は「お茶でも飲まない」みたいな内容だったようなそうではないような、だったからどうにもこうにも億劫だ。それでもう一度言う。
「おなか空きました」
「じゃあクレープでも食べたら?」
「ひゃいっ!?」
博物館から出て、近くの出店みたいなところを眺めて言ったら、スーツ姿の男の人に流暢な「日本語」で声を掛けられる。
「お姉さん日本人?綺麗な髪してんのね」
「あの」
スーツで博物館から出てきた、ということは来館者ではないような、と思いながら、ふと腰のあたりに提げているのが日本刀に見えた。え、怖い。私も剣道はするけれど、それって刃を潰して、あるんです、よ、ね?
「あの、ここの方ですか?」
「あー良かった。やっぱ日本人よね。ここでってあんまり会わないからさ。日本語聴こえてちょっとびっくりしたのよね」
にこっと笑ってその男の人は今度は流暢な「英語」でクレープを二つ買ってきてくれた。そのうちの一つを私に差し出す。
「はい、どうぞ」
「あ、お金」
「いらないいらない。休憩時間の雑談に付き合ってくれたらそれで」
あ、ナンパかあ、と思いながらも、でもクレープ買ってもらっちゃったし、と思って近くのベンチに二人で腰掛ける。
「よいせっと」
「あの、それ刃、潰してあるんですよね?」
座るのに邪魔だったのか外した刀と脇差に恐る恐る言ったら、その人は笑った。
「刃を潰すって単語が出てくるってことは居合でもやってんの?ちなみに本物よ、これ」
「え、危ないんじゃ?」
「いやー、実は僕あそこの警備員でね。一番奥の方なもんだから危ないやつも来るから本物本物。まあ滅多に抜きませんけど」
そう言いながら彼はクレープを食べた。警備の休憩時間、ということなんだろう。私もぱくり、とそれを食べる。昼食には遅くて、夕食には早い、おやつ。とても甘い。
「あの、甘くないですか?」
「甘いの苦手?僕結構好きだから甘いのにしちゃったんだけど」
「いえ、私は好きなんですが男の人はあんまりあれかな、と思って」
「やさしいんだ」
へらりと笑ってその人は言った。そうして時計に目をやる。
「うーんとさ。そろそろ戻らなきゃ、なんだけど」
「あ、すみません、クレープありがとうございます」
「これってナンパよ、分かるよね?」
「……」
異国で会った同郷の親切な人、では終わらないかあ、と私はちょっと思う。だけれどまあ食べてしまったものは仕方ないし。
「えっと電話番号?ホテル?」
「うーん、日本の住所?」
「厚かましい人ですねぇ」
「いや、来週帰るからさ、仕事やっぱ日本がいいなぁって思ってたらお誘いもあって。ね、いいでしょ沖田ちゃん?」
あれ?私この人に名前教えてないって言うか、あれ?青っぽい髪ってもうちょっと長くてポニテにしてて?
「あ…れ…?」
にこっとその人は笑った。
2021/11/19 イベント「聖杯怪盗天草四郎 〜スラップスティック・ミュージアム〜」より