小晦
「明日がある、明日があるって思いながら今日になったわけです」
びよーんと餅を伸ばしながら食べて、斎藤さんは言った。ボイラー室のこたつになぜか二人で入ってみかんとお餅を食べている。
「こつごもりってやつですね」
まあそれも珍しいことでもないので、私もそう言ってみかんに手を伸ばす。夕食を食べたばかりだというのにお餅を食べる気にはならなかった。
「あれよね、年末の餅って二十九日か三十日かとかで揉めたことあるよね」
「ああ、苦餅とかで揉めたことありましたねぇ」
斎藤さんが急に新撰組の頃の古い話を持ち出したから、私は珍しいなと思いながら応じた。彼がそうやって昔の話をするのは珍しい、と思う。
「確か最後は山南さんが「福餅だから二十九でも三十でもいいんじゃない」って」
「そうでしたね。まあ忙しかったのもありますけど」
「結局あの年はどっちになったんだっけ?」
「うーん、覚えてないですね」
本当に珍しい。斎藤さんがこんなふうに昔の話をするなんて。どちらかといえば、彼はそういった昔話を好まないように思っていたから。
「そう、忙しかったんだよね。明日がある、明日があるから大丈夫って思ってるうちに大晦日になって、新年になる。その繰り返し」
「斎藤さん?」
「その繰り返しだったら、良かったのになあ」
ぼんやりと彼は言った。
「どこで狂ったんだろう、って」
ああ、やっぱり今日の斎藤さんは少しだけ感傷的になっているみたいだ。それもこれも、明日で今年が終わりだからかもしれない。
「今年は、斎藤さんにまた会って」
「うん」
「いい年だったなって私は思いますよ」
「……芹沢さんを斬っても?山南さんを看取っても?」
「それも含めて、私たちですから」
斎藤さんの言葉にそう答えたら、彼は少しだけ悲しそうに、少しだけ嬉しそうに、どちらともつかない顔で焼餅を食べた。
「ずっとあの屯所で繰り返していられたらって思うよ。聖杯なんざ信じてないけど、もし本当に叶うなら」
「本当ですか?」
私は彼が言っていることはきっと違うだろうと思って問いただす。それが正しいかは分からないけれど。
「……ごめん、うそ」
そうしたら、斎藤さんは少し考えるようにしてそう答えた。
「繰り返したら駄目だった。置いていって、置いていかれて、やっと僕はもう一回、副長にも、山南さんにも、芹沢さんにも向き合えた」
そうして彼はゆっくりと目を閉じて、それからその目を開いて私を見た。
「もう一度、おまえに向き合って、おまえと立ち合うためには、進むしかなかった」
彼ははっきりとそう言った。ああ、今年が終わる。彼と再び巡り合ったこの年は、もう明日で終わってしまう。
「早いですねぇ、月日は」
恨むべき日月は、と私は思った。小晦の夜が更ける。
2020/12/27