口寂しい
「沖田ちゃんってさ」
「はい?」
なんでここに来たの、と聞こうとして、それから俺はその言葉を飲み込んだ。なんでって、まあ召喚的なアレよね、と。そこに誰かの意思は介在していなくて、というか意志とかも関係なくて、単純に「英霊」というものに登録された誰かが呼び出されているのだと知っている。
「楽しい?」
「え?まあ、土方さんも斎藤さんもいますし、ノッブったちもいますし」
どうしたんです、と彼女は不思議そうにこちらを見返した。あー、煙草吸いたいかも。まあずいぶん吸ってないけど。てういか今どきのタバコってすごいのね。あんな手軽なのね、ロビンさんとか見てるけど。エルメロイさんは、ちょっと違う、のか?
「口寂しいなぁとか思っただけ」
だから思ったままに誤魔化してみる。彼女はやっぱり不思議そうにこちらを見返した。
「斎藤さんって、煙草吸いましたよね。土方さんはわりと堂々と吸ってることありますけど、マスターの教育に良くないからダメですよ。お酒も」
未成年は駄目なんですって、と沖田ちゃんは続ける。未成年、ねぇ。
「まー、酒も煙草も駄目ときたらマスターちゃんはどうすんだろうね?」
「ゲームとか、カラオケとか?」
うーん、まあ人の心配してる場合じゃないんですけど。なんていうか、さ。
「特に強固な意思も意志もなく使われたり呼び出されたりする側の気持ちってどうなるんだろうねっておはなしでした」
だって俺ってば聖杯に掛ける願いもないしさ。ああ。
「沖田ちゃんが使ってみて安全そうなら聖杯に酒でも願おうかな」
「脈絡ないですねぇ、ほんとに。話繋がってないですよ」
繋がってるんだわ、俺の中では。
*
「ほんとに、脈絡ないですねぇ」
私はレイシフトについていくとコートを着て行った斎藤さんを見送って、ぽつりとつぶやく。本当は知っていた。
「脈絡、ありますねぇ……どれだけ嫌いなんでしょう」
だけれど分からない。彼が嫌いなのは英霊だろうか、召喚だろうか、それとも。
「あなた自身ですか?」
そんな大それたことを考えて、口にしてしまう私は、きっと知ったつもりのただの女だから。
「まあ沖田さんもお酒は飲みましたけど、酒に煙草に人斬りとはずいぶんな非行少年でしたからねぇ」
だから、例えばそのレイシフト先で聖杯が手に入ったとして、彼は何に使うだろう。ただの魔力リソースだと知っている。知っているけれど、彼は何を願うだろう。
「お願い事はありますか、なんて」
私たちの一生は、あるいは願い事にまみれていて、だけれどなにも成せなくて、それこそ口寂しいような、何かを、誰かを喪うためにそこにいるような、壊れていく組織だった。
私はその瓦解していく組を認められなかった。認める?違う。単純な話だ。私には、分からなかった。近藤さんと土方さんがいて、山南さんがいて、永倉さんや斎藤さんたちがいて、それで終わりにできた私には、たぶん、きっと、分からなかった。
「あーっ、疲れたーっと。こんなに世界に聖杯が散らばってるならもう何とかなりませんかね」
「まあ何とかならんからこんなことしてるんですけどね」
そこにコート姿のままの斎藤さんとロビンさんが戻ってくる。マスターが先に来ていたのには気づいていたけれど、私はずいぶんここでぼんやりしていたみたいだ。
「口寂しいったらないわ」
「吸います、旦那」
「あー、それちょっとよく知らないんですよねー」
「煙管、でしたっけ?そっちの方が分からんな。パイプみたいなもんか」
ロビンさんが一本差し出した煙草を断った彼に、私は分からないから、でも口寂しいと言うから、と思ってふと近づいた。
「どした、沖田ちゃん?」
「口寂しいなら、これで我慢してください」
軽くその唇に口づける。ああ、寂しいのか、と思った。私たちは、寂しいのか、と。
「寂しいの、沖田」
「寂しいですか、斎藤さん」
世界は、こんなに広くて、こんなに大きくて、こんなにたくさんのことがあるのに、私たちは寂しくて仕方がない。あの雨の日から一歩も動けないまま。
2021/4/28