(熱い、痛い)

 それから、と思ってそこで沖田は思考を切った。


埋伏の毒


「ひゃいっ!」

 羽織をきっちり着込んでいるのは珍しいな、くらいの感覚で信長が「どうした?」といつもの調子で軽く背中を叩いたら、沖田は驚くほど大きく肩を跳ねさせて、それから羽織をぐっと前で合わせた。

「なにしとるんじゃ、お前」
「ノッブですか…」
「体調悪いのか?コフるの?」

 上気した頬に過剰な反応、少し息も上がっているように見えるそれに、沖田は何と返したらいいか分からず、それから体調が悪い、という信長の言葉を反芻した。

「そうですね、沖田さん体調悪いみたいです」
「部屋で寝とれ」

 信長の言葉に沖田はこくこくとうなずく。確かに今日はレイシフトの予定もシミュレーションの予定もない。部屋に戻って、それから。
 そうだ。今日は自分にも彼にもレイシフトの予定もシミュレーションの予定もない。だから、部屋に戻って、それから。

 ちょこちょこと歩き出した沖田の向かう先が、どうしてか彼女の部屋でもボイラー室の方向でもないのを見ながら、信長は首を傾げた。





「あれー?早かったね」

 もうギブアップ?と部屋に入ればスラックスだけで上半身にはスーツどころかワイシャツも身につけていない斎藤がベッドに腰掛けていた。
 それに沖田は羽織を投げ捨てて縋りつくように、駄々をこねるように飛びついた。

「むり、です、こんなの」
「だって沖田ちゃん痛いの好きでしょ?」
「ち、がう、もの」

 そう言って飛びついてきた彼女をあやすように彼は抱えながら、当たり前のように着物をはだける。

「はは、真っ赤」
「斎藤、さんが」
「んー?」

 斎藤の眼前にさらされた柔らかそうな乳房の頂は、両方ともクリップで留めてある。そこまでの痛みはないだろうと彼は思うのだが、確かに真っ赤になって痛そうだ、と他人事のように思った。もちろん彼が施したものなのだから、他人事などではないのだが。

「これ?痛いの?」
「ひゃうっ、やめっ」

 ぴんとそのクリップを弾けば、沖田の肩が大きく跳ねて、それからいやいやと首を振って斎藤の肩口に額を当てる。

「はず、して」
「えー、だって今日は休みだからいいじゃない」
「へんな、理屈、つけないでください」
「だって沖田ちゃん痛いの大好きだからしてあげたのにひどいんじゃない?」

 楽し気に笑って斎藤は寄りかかる沖田にお構いなしにそこを弄ぶ。それに耐えかねたように沖田は緩く彼の背中を叩いた。

「やだ、やだぁ」
「わがままだなぁ」

 ひどく楽し気に言って、斎藤は沖田をとりあえず放してベッドに座らせる。そうして上気した顔で荒く息をつく彼女に言った。

「これだけでこんなに感じちゃうんだ」
「ちがっ」
「ふーん?」
「ひゃうっ、きゅう、にやめっ!」
「取ってって言ったの沖田ちゃんでしょ?」

 あんまりわがまま言わないで、と理不尽なことを言って、斎藤は手荒に取って痛みを与えたそのクリップをぽいとベッドの下に捨てた。

「淫乱」
「ちが、斎藤さんが、痛いの、こうする、から」
「うーん?素質じゃないの?痛いと感じるなんてさ」

 朝から沖田の様子がおかしかったのはこれだった。朝、今日は非番だからと斎藤がやったのは、「じゃあさ、クリップ付けて一日」という無理難題だった。沖田の体は斎藤がカルデアに来て、それから二人がそういう仲になってからどんどん斎藤に支配されていっている。今では痛みが快楽に変わるほどに。

「それに、さ?痛いじゃないでしょ?」
「うぁ…」

 斎藤にまっすぐに見つめられてそう言われ、その先を促されているのだ、と彼女は脳が揺れるような感覚になりながら思う。そんなところまできっちり支配されている、なんて彼女は気づいていない。

「きもちく、て、我慢できませんでした」
「はい、正直でよろしい」
「んっはうっ」

 羞恥心に耐えながらそう言えば、斎藤は荒い呼吸を落とす唇に口づけた。正直に言えば口づけて、言わなければいつまでもお預けなんて、とんだ男もいたものだ。
 くちゅと息と唾液を交換するような長い口づけの間に、普段着物で隠されている大きな胸や、少々痩せているが昔よりも肉が付いたような腹を斎藤は揉みしだく。それにも沖田は耐えられないと抗議しようとしたが、口づけているからそれもままならない。
 だけれど、もうその熱量に耐えきれなくて、沖田はどんどんと斎藤の背中を叩いた。

「んー?なに?」

 唇を離して斎藤はべろりと口の端に残った唾液を舐めて言う。

「分かってる、くせに」
「うーん?沖田ちゃんが言ってくれないと分かんないな」

 猟奇的に笑って言うそれもいつものことで、だから沖田は自分でその先を言わないと進まないことを知っていたから、真っ赤になってうつむきながら言った。

「して」
「なーにを?」

 逃げを打ったのに、それを男は許してくれない。

「ていうかなんで?」

 それどころかさらに過激な言葉を求められて、いつものことながら彼女は羞恥に縮こまる。それから斎藤は軽い彼女を抱え上げて眼前に座らせる。密着していないから目と目が合ってしまうそれに、沖田はもうどうにでもなれ、と思って言った。

「いんらん、だから、痛くて感じちゃうから、ちゃんと、してください」

 横座りの姿勢で少し袴をはだけて言えば、斎藤は彼女の頭をぽんぽんと撫でた。

「良く言えました。偉いね」
「馬鹿に、してないで」

 はやく、と続けてそれから自分の言ったことのはしたなさに思い至ったように彼女は彼に寄りかかる。そうしたら斎藤はいとも容易く袴を脱がせた。

「可愛いよ」
「馬鹿」
「だって自分で淫乱だって言ったじゃない」
「ひゃっ」

 そう言いながら彼は彼女のぬかるみに指を差し入れる。

「あー、もうほんとに淫乱だね?もうなんにもいらなそうじゃない」
「やっ、ちが」
「クリップで乳首留めて?痛くて?半日も経たないうちにこんなにして?何が違うのかな?」
「ひゃうっ、ごめん、なさい、違わないから、意地悪、しないで」
「そうそう。ちゃーんといい子にしてたら意地悪しませんよ、一ちゃんは」

 だから足開いて、と言ってきた男に逆らえないくらいには、もう彼女も毒されている。





 ぐちと狭いそこに男のそれが入ってくる感覚に、沖田は気が遠くなりそうな気分でそれを受け入れた。ここまでしているのにいつになっても慣れないのがどうにも斎藤の欲を煽る。


「はい。全部入ったよ」
「ひうっ」

 びくびくと肩を揺らしながら、怯えたように押し倒された彼女にそう告げる。それに沖田はまた羞恥の波が襲ってくるのを感じた。

「どうしてほしい?」

 ほら、やっぱり。この先を言わないとやってくれないんだ、と思ったら自身の胎内にそれが入っているというのにそこにあるだけの質量に沖田はひどく中途半端な快楽がかえって怖かった。

「言わないと分かんないよ?」
「ひゃっ」

 軽く腰を揺らせば、それが敏感な部分に当たって、緩い快楽をもたらす。緩い?本当はこれだってもう、と思いながら先を求めようとするのはそれに慣れたからかそれとも、と思って彼女はもうどうにでもなれ、と思って言った。

「もっと」
「もっと?」
「もっと、めちゃくちゃにして?」
「りょーかい」

 言葉に男は嬉しそうに笑った。





「やっ、あっ、あつい」
「はは、気持ちよさそう」
「ひゃうっ、おく、当たって、あっ、だめ、だめ」
「何が駄目なの?」

 がつがつと腰をぶつけて、彼女の最奥を叩く。それに耐えかねたように、沖田はぎゅっと斎藤を抱き寄せた。

「さいとう、さんも、きもちく、ないと、だめ」
「っ、この子、本気でさ。煽ったの沖田ちゃんだらね」
「あっ、やっ、だめ、はげし、いっちゃ、う!」
「ね、僕も気持ちいからさ、イけよ」
「うあっ、あつ、あっ、あぁ!」
「出すから零すなよ」
「あつ、い」

 吐き出された劣情を熱いと受け止めた女に彼は「孕んじまえばいいのに」なんて大概なことを言って、それから意識が途切れかけている彼女をゆっくりと抱きしめた。





「斎藤さんのいいようにされてる気がします」
「え?今更?」

 起きたら体は綺麗に清められていて、彼の腕を枕にして寝ていた自分に、大事にされているのは分かるけれど、と思って沖田は正気に戻ったように言った。

「なんかいつもいつも、って今更って言いましたね!?」
「いや、それこそ今更?」

 男は裸のままその太い腕で彼女を抱き寄せる。

「いいじゃない。淫乱なのも積極的なのも、僕だけに見せるなら全然問題なし」
「問題ありまくりです」
「なんでー?」


 可笑しそうに言って斎藤は殊更に彼女を抱きしめた。

「それとも浮気の計画中ですか?」
「そんなわけ!」

 そこまで強く言って、それから沖田はぽつんと続けた。

「ここまで斎藤さんにされたのに、他に行けるわけないじゃないですか」

 言葉に彼は満足げに笑って二度寝を決め込んだ。