メイド喫茶


「え、ヤバい人がいますね」
「やめてくれる、その目」

 スーツでメイド喫茶にいた斎藤に、るんるんと甘いものでも、と入ってきた沖田は若干引き気味に言った。

「お嬢様、ただいま大変混みあっておりまして」
「このヤバい人と相席大丈夫ですよ」
「だからヤバい人じゃなくて」
「ご主人様、よろしいですか?」
「えーと、はい。知り合いですんで」
「うわ、スーツでご主人様はやっぱりヤバい」





 事の起こりは三十分ほど前。秋葉原でのポイント稼ぎで休憩場所を求めていたところ、ゲームセンターで大会が始まってしまい、ジャンクショップでメカ好きが大暴走してしまい、休めそうなところがなかった。同人ショップで休めるほど斎藤の心は強くないし、ホビーショップはわりと戦場というか、本気じゃないなら来るなと誰かに言われた。記憶が定かではないが、たぶんエルメロイU世あたりだろう。それでまあいいか、と思っていたら、マスターに言われた。

『一ちゃん!喫茶店今空いてるって』

 手元の端末を見ながら言われて、あー喫茶店て茶屋みたいな?なんか食える?と思って斎藤は軽い気持ちで言った。

『ありがとー。あ、隊服だとコスプレで捕まるよね。スーツでいいか』
『えっと、スーツかぁ……ナシ寄りのアリ?』
『は?』

 ということで地図で見た場所のやたらピンクっぽい喫茶店に入ったところで、斎藤の精神は崩れかけた。

『いらっしゃいませ、ご主人様!』
『はい?』

 あれ、ここってそういうお店?スーツで来たらかなりヤバイんじゃ、と思った時にはハートが乱舞している店内の一席でメイドさんが注文を待っていた。消えたい、と正直彼は思っていた。





「あ、メロンソーダとパンケーキくださいな」
「かしこまりました、お嬢様」
「可愛らしいですねぇ」
「ありがとうございます!」

 ニコニコと注文を済ませた沖田の眼前で、大正ロマン的な着物でいいなあ、少なくとも自分より数段違和感ないなあと思いながら斎藤はブラックコーヒーを飲んだ。美味しくなるおまじない掛けられた時の頭痛を思い出しながら。

「スーツって……スーツでこのお店はいろいろと駄目ですよ、斎藤さん」

 そうして注文を済ませた沖田に改めて言われる。

「あのね、うん、分かってる。茶屋的なところが開いてるって聞いて、あ、茶屋って別にお茶屋想像してはいないからそこは勘弁してね」
「あの、メイドさんに手を触れると捕まりますよ……」
「だから想像してないってば!!ちょっと休憩出来りゃよかったのよ、僕は。適当に飲み物と食べるもんがあればそれで。だけどね、スーツで「ご主人様」言われることのヤバさっていうか……ナニコレ、会社に疲れすぎて壊れたサラリーマンじゃん」

 どんと斎藤はテーブルを叩く。ヤバい人だという自覚はあった。周りから見るとかなり浮いている。とりあえず、と思って帯刀していなかったのがさらにそういったことに拍車をかけると思わなかった。はあっとため息をつく。そうしたらテーブルにメイドさんがやってくる。

「こちら、お嬢様のメロンソーダとパンケーキになっております」
「わーい」
「それからご主人様の特性オムライス、お待たせして大変申し訳ありません」
「はい、どうも」
「美味しくなるように最後の仕上げをいたしますね!」

 そう言ってコーヒーと同じように手でハート形を作られて、沖田はそれを楽しげに眺めていたが、斎藤ははあっとため息つく。愛情ってなんだろうな、お仕事お疲れ様です、と思いながら。

「ご主人様、ご気分がすぐれませんか?」
「いえ、その、はい、大丈夫です」
「そんな時は、メイドの愛情で」
「いえ、ほんと、間に合ってますので!!大丈夫です、この子にでもやってもらいますんで!!」
「あ、失礼しました。ご主人様とお嬢様はそういう!相席のお申し出!失礼いたしました!」

 なんでピコーンみたいな顔してるんですこのメイドさん!恋愛脳というやつです!?と沖田が思ったところで、斎藤ははあっとまたため息をついた。

「そういう訳で、僕っていうか疲れたサラリーマンに愛情でも突っ込んでくれない?」
「な、な、なんで私がそんなことしなきゃいけないんです!?」
「お嬢様ー、ご主人様の命令聞いてくれませんかねー、ご主人様疲れてるんでー」

 なんだか一段と深くなったように感じられるクマの目許でじっとりと沖田を眺めて斎藤は言った。

「斎藤さんは私のご主人様じゃないです」
「じゃあ今なって、今から俺がおまえのご主人様ってことで」
「怖い!変態!」
「疲れてんだよ、休憩に来たのに」

 いいけどさ、とケチャップでハートの書かれたオムライスに手を付けようとしたら、沖田は困ったように首を傾げる。

「ご主人様のお疲れが取れますように、はい、ハート」

 ちょこんと小さく指でハートマークを作ってそのオムライスにかざしてくれた沖田に、斎藤はがたっと椅子から倒れそうになった。

「頼んだからってやるなよ、頼むから」
「なんです、我儘なご主人様ですねー」

 そう言って彼女はメロンソーダを一口飲む。

「ご主人様ならめちゃくちゃしてもいいよね?」
「なんか言いました?」

 その炭酸飲料を飲んでいる彼女を前にして、あー、もう疲れたとかいう次元じゃない、と彼は思ってその「愛情」の入ったオムライスに手を付けた。

「美味いじゃん」

 今だけ専属のメイドさんを眺めながら。


2021/3/28 「アキハバラ・エクスプロージョン!」より