涙雨


 あの日あの時。

「おまえがいたら」
「え?」

 食堂で団子をくわえた沖田にふと声を掛ける。あの日、あの会津の日におまえがいたら、副長は止まったのだろうか。それとも、僕は進んだのだろうか、と。

「なんで」
「どうしました」
「なんで死んだんだよ!」

 ダンッと食堂の机を叩く。ああ、蕎麦が延びる。

「あの日、あの時、あの場所で、なんで一緒に」
「死んでくれなかったのか?」
「そうだよ!!」

 叫びは虚しいだけだった。英霊として二度目か三度目の生を与えられて、それでも思うのは共に死ねなかった、共に歩めなかった誰かの幻想だった。
 それが俺にとっては沖田ちゃんで、副長で、誰か別の何かで。
 だけれど、ここでこうしている彼女を見ると、どうしてあそこで死んだんだ、という感情よりも、どうして一緒に死んでくれなかったんだと言う感情の方が大きいのが不思議だった。

「泣いているんですか」

 透徹し切った目がこちらを見据えて言った。

「泣くかよ、おまえなんかのために!」

 精一杯の強がりに、姉のような女性はふとこちらの顔に手を伸ばして、滴を掬った。

「そうですか。それなら、そうなんでしょうね」
「泣くかよ、誰が、おまえなんかのために!一緒に死んでもくれない薄情者のために!」

 我儘のような、駄々のような叫びに、彼女は笑った。

「じゃあ、今度は一緒に死ねたらいいですね」
「……」
「今度こそ、あなたと歩みたい」

 言葉に僕はわんわん泣いた。人目なんてどうでも良かった。
 ただ、次の約束をしてくれるかつての仲間に、もう涙が枯れてもいいと思った。

「次は放さない、離さない」

 呟くように言った言葉に、彼女は笑った。

「ええ、次こそは」

 はなさないでください、と女は笑った。
 僕も、涙の中で笑おうとした。……上手く笑えていただろうか。


2022/3/26