「かぁいらしい女の子」

 酔っぱらった土方さんを引きずって連れ帰る用事ができて(この時間まで飲んでいたら役に立たなそうだけれど)、私は初めて廓に足を入れた。入り口で刀も何も預けなくてはならなくて、どうにもそわそわする。こんなところで土方さんも山南さんも、斎藤さんたちも、よくお酒なんて飲めるな、なんて思った。
 そうして通された座敷で飲んでいた土方さんに御酌をしてた綺麗な女の人は、私を見るなり言った。

「かぁいらしい女の子」

 え、と思う。自分のことを一目見て女だと気づく人は少ない。今だって帯刀していないが隊服だし、隊服なら京の人は新撰組だと分かるだろう。そうして土方んさんのいる座敷に上がれるような隊士が女だなんて、なんで、と思ったら、ふふとその女性は笑った。

「人斬りなんて、もったいないことしはりますな、副長さん」
「あ、アイツはいいんだよ」

 別に、とそう言って土方さんは「行くぞ」と私に声を掛けた。





 綺麗な着物。綺麗な簪。綺麗な顔。綺麗な化粧。
 そうして、私を一目見て「女の子」と言った女性の姿が脳裏から離れない。

「綺麗な人だったなぁ」
「だーれが」
「わっ!斎藤さん、ですか」
「いつになくぼんやりしてるからさ。何かあったの」

 屯所の縁側でぼんやり考えていたことは、土方さんに聞いても答えてもらえ無そうだったから、ちょうどいいと思って私は彼に問いかける。

「私って、女に見えますか」
「え?うん」

 即答されて、そうじゃなくて、と思う。上手い言葉が出てこない。

「あの、昨日廓に行ったじゃないですか」
「ああ、お使いね」
「そこで「女の子」って言われたんですよ。びっくりしちゃって。私、女に見えるのかなあって」

 そう言ったら、斎藤さんは押し黙ってしまう。やっぱり女には見えなくて、土方さんから話を聞いていたんだろうか、と思った。

「……見る目のある人だね」
「え?」
「さすがは副長の贔屓」

 私には分からないことを言って、斎藤さんは私の頭をぽんぽんと撫でた。

「沖田ちゃんは可愛いからね」

 ……やっぱり私には分からない。





 桜色の着物に袖を通す。たくさんのことがあって、私は初めてそれを着た時のことを思った。遠いようで、近いような、そんな記憶。
 もったいない?違う。私は、新撰組の、だけれど。

「やっぱり、分からない」
「なーにが」

 着替えて、廊下に出て、ぽつんと言ったら、ふざけたような斎藤さんの声がした。

「やっぱり見る目のある人は違うねぇ」

 斎藤さんは着物姿の私を不意に軽々と抱き上げた。その「見る目」というのが、きっと同じ過去を思っているのだとなぜか思った。そうしてすとんと床に降ろす。

「はい。二百年越しくらいの答え合わせ」

 そうやっぱりふざけたように言って、彼は私の結えた髪に鼈甲の簪を挿した。

「可愛らしい女の子。人斬りなんて、呼ばせない」

 笑って斎藤さんは昔のように私の頭をぽんぽんと撫でた。
 なぜだろう。泣きたい気持ちになった。


  2021/1/15