幸せについて
「おーきたちゃん!」
「はい?」
沖田は、廊下で急に斎藤にひょいっと腕を掴まれる。気配しなかったなこの人、と思いながらも、そのいつもよりもかなりテンションが高く見える斎藤に、ちょっと困惑しながらも、彼女は応じた。
「仕合、しよ!」
「え……?」
いつもなら自分がせがんで袖にされるそれを、満面の笑みで言ってきた斎藤に、沖田は固まる。いや、いつも自分が言っているとき斎藤さんってこんな気分なのかな、と一瞬思ったが、絶対違う、と思い直す。だって、なんでこんなに幸せそうなんだ。楽しそうなんだ。
確かに彼女も彼に仕合をせがむことはあるし、袖にされることばかりだが、こんなに満面の笑みというか幸せオーラ全開で挑んだことはない、たぶん。
「あの、大丈夫ですか?」
「え?なにが?それよりしーあーいー」
掴んだ腕を引っ張るように、じゃれつくようにひっついてきた斎藤に、いや、絶対大丈夫じゃない、と沖田は思う。
「あー、幸せ。無敵の剣を沖田ちゃん相手に思う存分使えるなんて幸せ過ぎて」
「なにこのひとこわい」
沖田は斎藤のそれに一息で言った。普段なら「負ける相手に使う訳ないでしょ」とか「負けないから無敵なの」とかアンニュイかつかっこつけて言うくせに、なんだこれ、と。
「こわくないですよー?はじめちゃんですよー?シミュレーター行きましょうね」
「いやいやいや、ちょっと待って、落ち着いてください」
「あー!フィールドは砂漠がいい!晴れ!熱砂!」
「斎藤さんが壊れた……!?」
ぎゅうぎゅうと管制室の方に引っ張って行こうとする斎藤に全力で抗いながら、沖田は必死にこのあまりにもおかしい状況を考える。その時だった。
「お前ら、往来でなにやってる」
邪魔だ、と宣ったのは土方で、天の助け!と沖田は思う。
「土方さん、斎藤さんが壊れました!」
「そいついっつも壊れてんだろ」
「そーじゃなくて!」
「あ、副長!稽古つけてくださいよー!テキサス辺りで」
「は?」
「あー、でも沖田ちゃんと砂漠で仕合もしたいし…忙しすぎて幸せだなあ」
えへらっと笑って言った斎藤に、土方はじりっと一歩下がる。これはまずい、と。
「変なもんでも食ったか?」
「ちょ、土方さん何逃げようとしてるんですか!士道に背くなー!」
沖田は叫んで土方を引き留める。そうしたら、斎藤は不満げに二人を見た。不満げ?いや、顔は笑顔のままだし緩みっぱなしなのだが。
「なんですかー?はじめちゃんは今幸せの絶頂なんです。三番隊隊長最高!」
こ、怖い、と二人は思った。テンションの高い彼ってこんなふうになるのか、と。そうしたら、そこに駆け込んでくる影がある。
「あー!やっと見つけた、次なる被害者!」
それはダ・ヴインチだった。そうして彼女は言う。
「二人とも、事件が解決するまで一ちゃんを取り押さえておいて!彼は今幸せの絶頂なんだ!」
「そーだよダ・ヴィンチちゃん!なんか購買で限定品のチョコ買って食ったらもうこの世が天国に見えるからシミュレーター起動して!」
「言語野もやられたか!?」
ダ・ヴィンチの言葉に、沖田と土方はこれは絶対面倒事だ、と思って一歩下がる。そうしたら彼女に言われた。
「士道に背きまじき事!!」
だからこの珍妙な生き物を預かれと?と二人は満面の笑みの斎藤をげんなりした顔で見やった。
2021/2/14