スーツ


「スーツって、どうなんでしょうねぇ……」
「は?」

 沖田ちゃんに急にそう言われて、思わず一言返してしまう。スーツ?

「ああ、いえ。なんだかんだとカルデアに初めて来たときからワイシャツにスーツという恰好が当たり前だと言うように斎藤さんがやってきたので……」
「ああ、このスーツのことか」

 そこまで言われてやっと納得がいく。スーツ、スーツねぇ……。

「何かあったっけ?」
「……それですよ」
「え?」

 はあっと溜息をついて僕を見返した沖田ちゃんに、よく分からなくて思わずやはり短い言葉を返せば、沖田ちゃんはどこか困ったように、呆れたようにこちらを見た。

「斎藤さんにとっては、当たり前の服装なんだということが分かると、なんとも言えない気分になるってだけです」

 そう言って彼女は大きく伸びをした。伸びをして、もう一度、僕を見る。

「あなたは生きた。あの時代よりもずっと後まで、長く、強く」
「……それはどうだろう」
「……え?」

 今度は沖田ちゃんの方が驚いたように、ぽかんとその言葉を返してきたから、僕は彼女の目を見返して呟いた。

「生きたかったんだろうか、僕は」

 そう言ってから、彼女の目から視線を外す。カルデアの壁を見詰めて考える。考えても答えは出なかった。

「あそこで一緒に戦って、一緒に死ねたら。副長みたいに死に場所を見つけられたなら。それだけじゃない……あの日……あの時」

 言葉にして、こんなにも酷薄なことがあるのだろうかと感じた。感じたが、それほどに酷薄なことをあの日、あの時自分は振り切って来たのだと思えば、それは少しも可笑しなことではなかった。

「病に倒れたおまえと、眠るように死ねたなら」

 よかったのに、と小さく続ける。そうしたら、沖田ちゃんはどこか遠くを見るようにして、それでありながらじっとこちらを見詰めた。

「そんな未来は来なかったと知っているでしょう。あなたも、私も」
「そうかもしれない」
「それだから、私たちはここにいるのだから」

 その言葉に、ああ、英霊なんていうものになりたかったわけじゃないのに、と妙に凪いだ気持ちで思った。
 病に倒れてその短い生涯を終えた天才だから、英雄だなんて。
 戦いを生き延びて、生きた果てに新しい時代を見たから、英霊だなんて。

「こんなことのために、戦った訳じゃない」

 こんなことのために死んだわけでも、こんなことのために生きたわけでもなかったはずなのに。
 誰も彼も、と思ったら、彼女はふと笑った。

「私たちのすべてが、それで否定されるわけではないのだから」

 戦い続けた、生き続けた。

「きっと何かが残ったのだから」

 ああ、何かが残ったから、こうして戦うと言うのなら。

「斎藤さんの、スーツみたいに、いつかのどこかまで残っちゃったりして」

 笑った彼女に、笑みを返す。何か残ったのだろうか、何が残ったのだろうか。
 そんなことを思いながらスーツのポケットに手を突っ込む。何だっていい。生きているのだから。それが仮初だとしても。

「蕎麦でも食いますかね」
「くたびれたサラリーマン風の斎藤さんも嫌いじゃないですよ」

 笑った沖田ちゃんが、そこにはいるのだから。


2022/8/28