「さいとうさん、ふふ」
ボイラー室から脱走してどのくらいだろう。呂律の回っていない沖田に追いつかれた斎藤は、その姿にごくりと唾を呑んだ。
好きって言ってよ
「酒持ってこい。ここが新選組に近づいた祝いだ」
「土方君、ありがたいけどね、君ちょっと忘れていることが」
「そうですよ副長、僕らはいいけど」
そう、邪馬台国とかいうとんでも特異点ののちに召喚に応じた山南と斎藤を歓迎というか、飲みたいというだけかもしれないが、酒を飲もうと言うその提案は、確かに嬉しいものだった。だが、二人にはそれを止めなければならない理由があった。
「土方さん、お祝いってことは私も飲んでいいんですよね!?」
キラキラと目を輝かせて言った沖田に、土方はやっと二人の言葉の意味を思い出す。
「あー、いや、たくあんでいいか」
「良いわけないでしょ、このスカポンタン!」
そう言って沖田はダッシュで食堂に向かう。エミヤあたりから日本酒を大量に仕入れるつもりなのだろうとその背中を見送って、それから三人に重い空気が流れた。というか山南と斎藤はじっとりと土方を見た。
「土方君、僕の記憶が正しければ彼女の酒癖は」
「あー終わった。カルデア終わったわ、これ」
「……すまん」
小さく言った土方も、それなりの責任を感じてしまった。
沖田の酒癖は、生前からひどく悪い。
*
「だーかーらーねー!ほんとにびっくりしてぇ」
「うんうん、沖田君、はいこれどうぞ」
「へへへー山南さんだいすきー」
意味不明なことを言いながら飲みまくっている沖田に、山南は新たな酒杯と見せかけて水の入った杯を渡した。こういったあしらいにはずいぶん慣れさせられたものだと思いながら。
「はーおいしい」
「沖田ちゃんそれ水ね」
ぼそっとつぶやいた斎藤を、土方が目で制す。へべれけに酔っぱらった彼女にはもう、水と酒の区別もつかないようで、それを覚らせずにこの事態を乗り切ろうというのが副長二人の算段だった。
「そういえばですねー」
「うん?」
「私、実は斎藤さんのことがだいすきなんですよー」
「ごはっ、はぁぁぁ!?」
斎藤は思わず片手間に飲んでいた酒に思い切りむせて、それから彼女の方を見た。
「なのにー、仕合してくださいって言っても後でねとかいやだよとかいってー、いじわるするんですー」
「いや、意地悪とかじゃなくて」
そう言ってから斎藤は頭を殴られたような衝撃のまま顔を伏せた。
(いや、待て待て待て、落ち着け!近所の兄ちゃん的なアレだ、遊んでくれないから余計拗らせて好き好き言ってるだけだ!!)
「ほらー、またいじわるするー」
そう言って沖田は顔を伏せていて完全に油断していた斎藤にすり寄るように抱き着いた。
「ね、斎藤さん。好きって言って」
「沖田ちゃーん、おちつこ、ね?」
「むー、斎藤さんはわたしが嫌いですか?」
「いや、そうじゃなくてね」
「まんざらでもないくせにー、ほらほら」
「年頃の娘がやめなさい!!」
ぐいぐいと抱き着いた彼の腕にむにと胸を押し付けてきたから、思わずそう言ったら、彼女はさらにむくれてしまった。
「じゃあ好きって言ってください」
「どーしてそうなるの!?」
「私が斎藤さんのこと大好きだからですー!!」
そう言ってしなだれかかってきた沖田に、後は任せたと言わんばかりの土方と、気まずげに目をそらしながら酒杯を舐めた山南に、斎藤は心中「薄情者!!」と叫んでいた。
「斎藤さんは、お兄ちゃんみたいだけど私のことを女の子扱いしてくれて」
そう言いながらぐいぐいとやはり斎藤を抱きしめる。抱き枕か何かのようだ。
「ほんとのほんとに、好きだったんですよ。だけどいっつも適当に流すから」
「あのね、沖田ちゃん、そういうことは」
と言いかけて斎藤は酒のせいだけでなく真っ赤になる。『そういうことは素面で言って』と言いかけた自分に、思わず自分自身羞恥心が止まらなくなったのだった。
「いいじゃねえか、斎藤もどうせそいつのこと好きだったんだろ」
「副長、火に油を注がないでください!」
「ほんとですか!」
きらきらと輝く目で見上げてきた沖田に、今度こそ本当に助けてくれと山南の方を見たら、彼はさらりと言った。逃げ口上だった。
「ああ、斎藤君は沖田君のことがずっと好きだったもんね」
そうにっこり笑って言われて、彼の中には二つの感情が渦巻いた
(コイツら…!!ていうか僕もしかしてバレバレだった?生前から!?うそでしょ!!??)
実際問題として、斎藤が沖田のことを女性として見ていたことは間違いなく、しかしそれは全くバレていないと思っていたために、サーヴァントという死後の世界においてやっとその事実を把握した斎藤は、沖田を振り切ってボイラー室から駆け出した。
*
そして話は冒頭に戻る
*
「さいとうさん、もう逃がしませんよ」
「だからね、沖田ちゃん、落ち着こう、ね?」
「だって私たち両想いなんでしょう?」
「いや、その」
言葉を濁した斎藤に、沖田はむうと膨れる。酒のなせる業だが、なんとも居心地が悪いと斎藤は思った。
「だって、山南さんどころか土方さんにもバレてたんだから、好きなんでしょ」
少し酒が抜けてきたのか、呂律がしっかりとしてきた沖田に詰め寄られて、斎藤はうっと返答に窮する。
「あのさ」
「はい?」
「そういうのは素面の時がいいなって思う男心も分かってくださいな」
「やです」
必死に言ったその言葉の後に、即答で嫌だと言われて、それからむにっと唇に柔らかな感触が落ちたのを感じて、斎藤は今度こそぎょっとした。
その熱が一瞬離れて、彼女の口からすさまじい言葉が落ちる。
「じゃあ斎藤さんが好きっていうまで、口吸いずっとしちゃいますから」
「はあああ!?って、んっ」
そう言った彼女はまたむにむにと自分の唇を斎藤の唇に当てる。遊ぶような口づけに、斎藤の思考は一度ショートして、それからだんだんと自分も酒が抜けてきたのか、いや、と思った。
(そうだよ、沖田ちゃんのこと好きだよ、僕)
妙に冷静になった自分が怖い、と思いながら、斎藤は沖田をぐいっと押しのけた。
「ふぇ?」
「ねえ、そんなに口吸いの練習したかったの?」
そう言って斎藤は妖しく笑った。
*
「んっ、むっ」
沖田の苦し気な息遣いと、それから余裕の斎藤が彼女の腔内をなぶるように舌を絡ませるぴちゃという卑猥な音が響いて、今度こそ酒の抜けてきた沖田は自分のやったことの重大さに混乱しながらも、どうしていいか分からずに、彼の口づけにされるがままになっていた。
「さいと、さん、息、できな」
「ああ、ごめんごめん」
慣れてないもんね、と言って斎藤はべろりと彼女の唇を舐めて一旦彼女を解放する。
「や、だ。斎藤さん怖い」
「やだって。まだまだでしょ」
そう言って斎藤は息が多少整った沖田にもう一度口づけて、思い切り舌をねじ込んだ。
「ふぁっ」
歯列をなぞり、舌を絡め、唾液を交換するようなそれに、ついに沖田は腰が砕けてすとんと座り込むようになったから、それを斎藤は抱き留めた。
「斎藤さんのばか」
「先に仕掛けてきたのは沖田ちゃんでしょ」
「そうですけど、そうですけど!」
泣き出しそうな彼女の瞳のあたりに撫でるように口づけすれば、まだ羞恥でいっぱいの彼女の体がびくんと震える。
「怯えないでよ」
「だってぇ」
力が抜けたように言った沖田に、斎藤は笑って言った。
「ねえ、沖田ちゃん、酒抜けた?」
「びっくりしすぎて残ってません」
正直に沖田が言えば、斎藤は満足したように言った。
「ねえ、じゃあさ」
今度こそ、好きって言ってよ。
僕も今度こそ、ちゃんと好きって言うからさ。
そんな気障ったらしい言葉に、沖田は真っ赤になって斎藤の胸に顔を埋めた。