「何のためにセックスするのか」
「なんです、急に」
「おまえは……」

 言い差して俺はやめた。だって、意味ない、なんて思った。
 そう思っているうちに、シーツにくるまった女はスーと寝息を立てた。


終止変異


 沖田ちゃんとセックスするのは嫌いじゃない。ていうか好き。
 体の相性は良いみたいだし、好きだし、と理由を並べればいくらでも出てくる。出すことが出来る。
 だけれど。
 だけれどそこに意味はあるのか、という話になるならば、それは「違う」と俺は思った。
 違う?そうじゃない。意味がないんだ、と。

「英霊なんていうほどよくできた人間じゃないのよ、俺は」

 だけど、英霊だって言うならさ。

「俺は隊を抜けてから普通に生きて、奥さん出来て、子供も出来て、まあ戦争行ったりもしたけどさ、大往生ってやつだったと思うよ?」

 寝ている沖田ちゃんの柔らかな髪を掬って言う。

「無敵流なんて嘘っぱち。ほんとは普通に生きて、死んだんだ」

 いやまあ、幕末の動乱期、とのちに言われる世の中でああやって戦ったのは普通ではなかっただろうし、それを普通の人生と言ったらいろんなものが崩壊するけど。でも。

「俺は遺伝子を遺した。少なくとも、俺には先があった」

 だから本当は、英霊として召喚されて何かやろうという気は、たぶんなかった。もしもこれが普通の聖杯戦争で、聖杯に願いがあるかと問われたら、俺は座とやらに即刻で帰る自信があった。だって、何もない。
 望む答えはそこにはない。というか、俺の人生は一度終わっている。
 もう一度やり直そうと思えるほど強靭な精神も、あるいは強欲な感情も、俺にはなかった。
 だから、本当は邪馬台国で山南先生たちに出会った時、そうしてそこに副長と沖田ちゃんが来た時、絶望した。

「繰り返せって言うのかよ、この無意味な日々を」

 裸の女を見下ろして、つぶやく。それからカルデアに来ても、それは変わらなかった。
 古今東西の英雄がいて、自分が知る範囲であれば戦国武将や伝説の源氏武者、水破がいて。
 そこに土方さんと沖田がいるのは「あり」だと思った。だけれど自分がいるのは「なし」だと思った。思いたかった。

「だって、俺が止めるのを聞かなかったのはおまえらじゃん」

 ぽつり、とまたつぶやく。止めたって止まらないから英雄なんだと言われたら、それまでなのだけれど。じゃあ、そうだとすればやっぱり俺は英霊なんかじゃない。普通に生きて、普通に死んだ、胡散臭い遊び人。ちょっと剣の腕が立つ、ただの男。
 勝てなかった、戦えなかった、止められなかった。
 その愚かさを繰り返せと言うのなら、それはなんて残酷なことだろう。
 じゃあ何か変えられるのか、と言ったって、俺は結局のところただの「男」で、そうでありながらただの「英霊」で。だから、遺伝子一つこの世に残らず消え去るしか道はない。

 だから。

「お前とセックスするのはさ、なんだろうね、これ」

 寝返りを打った沖田の髪を撫でる。好きだよ、ほんとに。

 でも違う。

 奥さんが好きだった感情とは違う。
 子供が好きだった感情とも違う。
 いや、根本的に。

 根本的に、あの新選組という組織の中で沖田に抱いていた感情とも違う。

「嫌いなわけじゃない。好きだった。女として見ていたかって言われたら微妙なところではあるけれど、俺は、おまえが」

 だから、なおのこと、違う。
 体を繋げて、睦言を交わして、白濁を撒く。
 その全部に、意味を見出せない。

「だってさ、ほんとはこういうのって、好きだからやるわけじゃないんでしょ?」

 紫式部さんの図書館で仕入れた付け焼刃の知識だけれど、それは確かだと思う。気持ちがいいのも、何もかも、遺伝子を遺そうとしているだけだと。

「生物は遺伝子の乗り物である、か」

 ぼうっとつぶやく。じゃあ絶対に、これは違うと思えた。
 だって俺は「生きていない」。





「何のためにセックスするのか」

 斎藤さんの言葉に私は寝たふりをして降ってくる声を聞いていた。狸寝入りは得意だ。そうしないと、誰も彼も私に本当のことを言ってくれなかったから。

 病のことも、何もかも。

 だから、彼がその英霊という在り方を無意味だと言い切ったそれが、私には分かる気がした。だって、私たちは。

「生物は遺伝子の乗り物である」

 言葉に、私は今起きたようにピクリと動いた。

「起こした?」
「カマキリの雌って、交尾しているときに雄を食べちゃいますよね。さすがに沖田さんでも知っているのでした」
「……」
「だってその方が生き残れるから」

 そう言ったら斎藤さんはひどく難しい顔をして、ベッドの私を見下ろした。ああ、私が全部聞いていたのに気が付いたのかもしれない。

「あの、さ」

 やめない?とささやくように男は言った。まあそうなりますよね、この人、私とこういう関係になったこと自体に哲学を持ち込み始めましたから。

「どうしてこう、難しく考えますかね」
「おまえは考えないの?」

 だって、残せるものがない、と斎藤さんは言った。
 残せるもの。遺せるもの。

「生物が遺伝子の乗り物だと言うのなら、私たちは地球という意志の乗り物でしょう」
「……ちょっと壮大過ぎるかな、俺みたいなマイナー剣士には」
「あるいは、アラヤ。『私たち』を含む人類を存続させようとする意志の乗り物でしょう」
「そんなのって、ない」

 斎藤さんは吐き捨てるように言った。そうですね。そんなのってないかもしれません。
 私たちは英霊になった時点で、もう遺伝子という「自由」でありながら種を「縛り付ける」という矛盾した螺旋状の鎖から解放されたんです。解放されて「しまった」んです。

「なんのために、俺は」
「何のために私は英霊になったのでしょうね」

 彼の言葉を引き継いだら、斎藤さんは驚いたように、それでも納得したようにこちらを見た。

「それが地球の意思で、遺伝子を遺すことも許しはしなくて、ただ働きならそうですね」

 私の言葉の続きを待つように、彼は私をじっと見つめていた。

「セックスでもします?」

 だって私たちは何も残せないままに戦い続けるのだから。





「セックスでもします?」

 そう女は言った。性別なんてあってないようなものだった俺たちがこういう関係になったのはどうしてだろう、と思ったけれど、それも全部、今となっては分からない。
 何も残せない。いつか塵も残さず退去することになる。
 だけど。いや、だから。
 それほどまでに無意味だから、それほどまでに無力だから。

 すべて忘れて、ただの男と女として体を重ねられたなら、それは無意味で、無価値で、無力で、そうして、何よりも正しいのかもしれない。
 その無意味さは、何にも縛られることがないという証明なのかもしれない。

 だから。

「飯食って、お前を抱いて、寝て、起きて、それで十分かもね」

 静かに言ったら女は笑った。笑い返そうとして、ふと自分の頬に触れる。
 ―――上手く笑えているだろうか、と。




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めけおさん(user/30195997)の「Invisible」(novel/14002466)に寄せて。どちらもpixivのIDでpixivに行くと読めます。
ずっと大好きな作品で、この父殺しの概念と遺伝子の概念って近いものがあるんじゃないかなあと思っていて、許可をいただいたので書かせていただきました。
難しく考えすぎるし何考えてるか自分でも分からなくなる斎藤さんと、英霊召喚システムについて思うところはあるけれどそこまで深く考えるとろくなことがないと分かっている沖田さんの話。
前世と英霊とセックス。

「Invisible」を初めて読んだ時からずっと斎藤さんの父殺しというか、そういうエディプスコンプレックス的な感情について半年くらい考えていたのですが、やっと形にできました。ありがとうございました。

「生物は遺伝子の乗り物である」(リチャード・ドーキンス「利己的な遺伝子」より引用)
終止変異というタイトルはまあナンセンス突然変異のことです。これで打ち止め、くらいの意味です(面倒になって適当に言ってる自覚はあるよ)

2021/5/25