疾うに


「……」
「んだよ」

 じっと副長の顔を見つめる。別に副長の顔見たい訳じゃないけど、と思いながら僕はそうは言っても、相談がある、と言って呼び出したのはこっちだし、と思いながら彼の顔を見た。

「気持ち悪ぃ」
「僕の顔気持ち悪いです?」
「いや、おまえの行動が気持ち悪いんだよ」

 そうか、顔は大丈夫か、と思って頷いたら、副長は面倒そうにたくあんを食った。なんでだ。

「言っとくけどな、お前の顔が大丈夫とか思ってねぇからな」
「え?今そう言ったじゃないですか?」
「不思議そうにすんな!」

 副長になんで怒られているかは知らないが、まあそろそろ本題に入ろう、と思い、ゆっくり息をつく。

「相談いいですか」
「内容による」
「まあいいですね」
「自己完結するな」

 副長がなんか言ってるけど、とりあえず相談したいって言ったら来てくれたんだしいい上司じゃないか。相談しよう、そうしよう。

「あのですね」
「……」
「沖田ちゃんとセックスしたい」

 ひと息に今日の相談内容を言ったら、ものすごい勢いでにらまれた。なんで。

「おまえなんでだろうとか思ってたら本気でしばくからな」
「読心術!?」

 僕の叫びに副長ははあっとため息をついた。

「分かってたんだけどよ」
「え?」
「おまえ、カルデア来てからっつーか、邪馬台国のあたりから沖田のことそういう目で見てただろ」

 そう言われて、僕は一瞬ぽかんとする。バレてた?というのが一つと、僕が沖田ちゃんを女として見ていても不思議に思っていない副長が不思議だったからだった。

「あのな、あんまり言いたくないんだが」
「はい」
「沖田は女だぞ」

 昔から、と副長は続けた。それに僕はなぜか頭を殴られたような衝撃を受けていた。

「そう、ですよね」
「クソガキ」

 ぼそっと副長に言われる。そうだ、そうなんだ。僕にとって沖田ちゃんというか沖田は遊び相手で、大切な仲間で、男で。本質的に女なのは知っていた。だけれど、そういう性別の違いを感じることはなかった。
 だけれどどうだ。花が咲いたように笑い、綺麗な着物を着て、リボンをつけて。
 分かってはいたんだ。女の子だって。だけれどそれを言うのは間違いのような気がしていた。でも、このカルデアにいる、カルデアに来た沖田ちゃんは、どうしたって女の子で、そうして僕は気が付く。

「ずっと、好きだったんですよ、たぶん」
「……知ってる」

 副長は面倒そうに言った。

「おまえはアイツに女を見ないようにしないとアイツと一緒にいられないくらいには沖田のことが好きだったんだよ」

 バレバレだったがな、と吐き捨てるように続けた副長に、僕はぱちぱちと目を開いたり閉じたりした。

「え…一人芝居?」
「一応言いたかないが、斎藤、後ろ」
「……ヘンタイ」
「おっきたちゃん!?」

 素っ頓狂な声に、後ろにいた沖田ちゃんは大きく息をついた。





 斎藤さんが私に女を見ていることは分かっていた。昔からそうだ。私が女だと遊べないから、一緒にいられないから、そうやって私の中の性別をなかったことにして、男に接するようにしていた彼がいることを、昔から知っていた。
 そうしてサーヴァントになってからの私にはたくさんのことがあって、いつの間にか羽織を見当たらなくして桜色の着物を着ている時間だってあった私、というものを思う。

「だから」

 だから、今の私は女でもいいのだろうか、と。

「だって、そうでしょう」

 斎藤さんは私に女を見ていたけれど、私が女だと一緒にいられなかったんだ。それはどこか寂しくて、そんなこと、過去には少しも思わなかったのに。


『風邪ひく』
『え?』
『ほい』

 邪馬台国の簡素というか歴史を感じると言えばいいのか、そういう場所で、寝ずの番をしていたら、斎藤さんがコートを脱いでばさっと掛けてくれた。

『貧弱ちゃんはあったくしてなさい』

 斎藤さんの匂いがする、と思ったら、どくんと心臓が跳ねた。

『私だって』
『ん?なんか言った?』
『いえ』

 好きだったんですよ、と女の私が言う。彼が、そうして私自身が封じ込めていた「女」がそう言った。


 だから、カルデアに斎藤さんが一緒に来てくれて、そうして私は自分の中の女の自分が彼を求めているのに気づいてしまって、それでどうしようもないな、なんて思っていた。

「馬鹿みたい」

 私が女じゃ一緒にいられないのに、男じゃ彼を好きでいられない、なんて。私はどこまで不器用なんだろう、と。そう思った時だった。


「沖田ちゃんとセックスしたい」


 どうしようもない声が食堂の一角から聞こえて、私はびくっと震えた。
 怖いの?嬉しいの?寂しいの?悲しいの?
 ぐちゃぐちゃな感情が入り混じって、私はそろりと彼の後ろに立った。





「……ヘンタイ」
「おっきたちゃん!?」

 聞いてたの!?と叫びだしたら、沖田ちゃんはやっぱりため息をついた。変態と言われたということはセックスのくだり聞かれたこれ。セクハラで訴えられる。

「斎藤さん」
「はい」
「私、女に見えますか?」
「え?」

 ぽつり、と彼女は言った。そうだ、彼女、だ。おまえはずっと女で、だけれど僕にはそれが分からなくて、いや、分かっていたんだ。分かっていたのに、ずっと目を背けてきたのはどちらなんだろう、と思った。

「私、女になれましたか?」

 少しだけ寂しそうに彼女は言った。
 違うよ、そうじゃないんだ。ずっとおまえにいろいろなものを押し殺させてきたのは僕らで、僕で、だからおまえがそんな顔することないし、そんなこと言うことないんだ。
 僕はその気持ちをどうやって伝えたらいいか分からなくて、だけれど確かなことは一つだけあって、だから言った。

「おまえは女だったよ、ずっと」

 それは彼女を否定する言葉だと思っていた。だけれど、それがもし彼女に受け入れてもらえるなら。
 そう、彼女が思ってくれるなら。

「じゃあ、抱いてください」

 どこか恥じらうように、だけれどどこか怖がるように、彼女は言った。

「私を、本当に女にしてくれるなら」





「んっ」
「大丈夫?」

 至近距離の問いかけに真っ赤な顔で沖田ちゃんは首を横に振った。大丈夫じゃない、か。それで僕は唇を離す。そうしたら、彼女は大きく息をついて僕の方に額を当てた。

「口吸いって、むずかしい」
「かわいいなあ」

 ついばむような口づけから、舌を少し差し入れたらこれだ。可愛いと言うほかない。酸欠気味の沖田ちゃんは僕の肩に額を載せたまま、ゆっくりと呼吸した。

「ちゃんと、できてますか?」
「ちゃんと、なんてないよ」

 必死な言葉がどこか可笑しくて、可愛い。

「可愛い、か」
「え?」
「んー、とね」

 ぽんぽんと彼女の背中を叩きながら、考える。どんなふうに伝えたらいいだろう、と。ずっと好きで、可愛くて、だけれどそれはまるで侮辱のようで。だから「男」だと思うことが正しいと思っていた自分は、どこまでいってもガキだった。そんな思いを伝えるのが難しくて、僕は彼女の顎を摘まんで、深く口づける。

「んっ」

 小さな悲鳴のような呼吸。慣れてなくてもいいし、ちゃんと、なんてできなくていい。

「んっはっ、きゅう、に」
「ずっとこうしたかった」

 伝えたいことが多すぎて、僕はそう言う。セックスしたい、なんて馬鹿みたいなこと言ったけれど、本当は、こうして口づけするだけで十分なくらいには、僕はお前を思っている。ずっと、昔から。


 だから剣を交わしたくなかった。
 だから雨が嫌いだった。
 だから山南さんを看取らせたくなかった。


 だって、それは全部、体を重ねるのと変わらないことだったから。


 剣を交わすと彼女の息遣いが流れ込んで、それは劣情を叩きつけるのと一緒だった。
 雨が降ると彼女は逸って、その昂ぶりは熱を帯びていた。
 仲間を斬ると彼女は誰より悲しんで、その憂いはひどく美しかった。


 そんな感情を抱いていたことが、まるで彼女への罪のようで、僕はどうしてもそれを言いだすことが出来なかった。その感情は、あまりにも大きくて、あまりにも醜い、と。

「ずっと?」
「こうやって、口付けて、抱きしめて、それで」

 それで、なんだろう。止めたかったのかもしれない。進みたかったのかもしれない。たくさんの感情が渦巻いて、そうして僕は沖田にもう一度口付けて、言った。

「それでお前を滅茶苦茶にしたかった」





「や、だぁ」
「なんで」
「へん、です」

 彼女の胸に触れながら、そろりと秘所に手を伸ばすと、彼女は身を捩って逃げようとした。それを腰を軽く押さえて止める。まだ触れるか触れないかの状態なのに、と思ってそれから、そこに少しの湿り気を感じる。

「キス、気持ちかった?」
「ちがっ」

 触れていないのに変だと言うのは、そういうことか、と思う。

「だって濡れてる」
「すぐそういうこと、言う!」

 少し笑って言ったら、彼女は真っ赤になってぐりぐりと僕の胸板に顔を隠すように押し付けた。そう言えば、互いにもう何も着ていないな、なんて思った。

「だって、分からないです」
「何が?」
「なんで、ぬ、ぬれ、て」
「うーん、そこは僕が欲しいから、じゃないかな?」

 初めてのことの彼女に意地悪く言ったら、沖田ちゃんは泣きそうな声で言った。

「はしたない」
「いいじゃない、好きよ、そういうの」

 ふざけたように言って、彼女を横たえる。初めて、なんだから優しくしないと、と昂る自分の熱を抑え込みながら。

「ひうっ」
「大丈夫だから」

 一瞬そのぬかるみを指がかすめたら、彼女はびくりと体を跳ねさせた。愛液が指に絡む。
 なぞるようにそこを撫でたら、びくびくと沖田ちゃんは震えた。

「やっ、な、あっ」
「感じやすいんだね」

 ぼそっと言ったら沖田ちゃんは何を思ったのかシーツを噛んだ。声を出さない、という意志表示だろうか、と思って、僕はそれじゃあ口が痛くなるからとそれを外させようと思ったが、少しだけ嗜虐心が勝ってしまう。

「いつまで我慢できるかな?」

 僕の言葉に沖田ちゃんはふるふると震えた。





 ぐちと指を一本そのぬかるみに差し込んで、折り曲げる。いつまで、なんて言ったが、指を入れた瞬間に沖田ちゃんの我慢は限界だったようで、もうシーツを噛む余力は残っていないようだった。

「ひゃっ、う」
「まだ一本だけど?」

 そう言って、僕は指を差し入れたまま彼女の唇から伝った唾液を舐める。我慢に失敗したその証拠を。そうしたら、沖田ちゃんは今度こそ本当に泣きそうな声で言った。

「いじわる、しないで」

 羞恥と、快楽と、それから初めてのことへの恐怖からだろう。目には涙が溜まっている。それを零さないように、とこちらを見てそう言ってきた彼女に思わず言ってしまう。

「煽らないでよ、お姫様」

 そんなの煽り文句だ、と思ったら、もう止まれない。思わず指をぐちゃっと何も考えずに動かしたら、びくびくと沖田ちゃんは震えた。

「あれー?ここ好き?」
「ちがっ!?ひゃっ…っ」

 うっそ?まだ指一本だぜ?と思いながら、僕は彼女が明らかに反応した場所をぐりぐりと指でなぶる。そうしたら、とろりと蜜が流れて、それから彼女は荒い息をついてぐったりとしてしまう。

「もしかしてイっちゃった?」
「わからない、で、す」
「気持ちい?」

 追撃のように聞いたら、沖田ちゃんは真っ赤になる。

「どういうのが、気持ちいかなんて、知らないです」
「うーん、生娘を手籠めにしているこの罪悪感」
「罪悪感なんて、感じてないくせに」

 僕の戯言に彼女は切れ切れに言い返す。それもそうだ。

「じゃあ気持ちいって言ってくれるまで」
「え?」
「増やすよ」
「ひゃうっ!?」

 本当は今すぐにでも自分のそれを叩きつけたいけれど、さすがにそれは駄目だろうというのは分かるから、指を増やしてバラバラに動かす。

「あっ、やっ、だめ」
「だめってねぇ、この後のこと考えたら、さ」
「やっ、あつ、い、ひゃっん…!」
「熱い、じゃなくて、気持ちい、ね」

 彼女の言葉を訂正したが、聞こえているかは分からない。びくびくと震えて、細かい絶頂の波を何度も感じているような沖田ちゃんに、自分の雄が滾るのを感じた。
 愛液が指を伝って、彼女の女の部分を晒す。

「もういいかな」
「あっ、やっ」

 ずるっと三本ばかり突っ込んでいた指を一気に抜いたら、喪失感か羞恥かで、沖田ちゃんは短く喘いで、それから枕に顔をぽすっと埋めた。

「ね、こっち見て」
「や、です。はずかしい」
「だって、挿れるよ」
「ふぇ?」
「繋がってるとこ、見てて?」

 僕がおまえを女にするから、と続けたら、彼女は熱に浮かされた顔でぼんやりとこちらを見た。

「やさしく、してくれますか?」
「当たり前でしょ」

 ……ほんとは自信ないけどさ。その言葉を飲み込んで、僕はゆっくり彼女の髪を撫でる。

「いい?」
「は、い」

 その言葉に、僕はゆっくりと自身を彼女の秘所に宛がう。

「っ……」
「息、吐いた方がいい」
「は、い」

 彼女の呼吸に合わせるように、ずっとそれを押し込む。

「いたっ、い」
「ごめん、最初はちょっと我慢して」

 そうしたら自分のそれに愛液と鮮血が絡んで、破瓜の痛みに顔をゆがめる彼女を撫でながら、そのまま動きを止める。

「大丈夫、じゃないか」
「だいじょうぶ、です」

 気丈に言った彼女が愛おしい。ああ、女だ、と思ってそれから言う。

「ずっとこうしたかった」
「え?」
「おまえと剣を交わすたび、雨が降るたび、おまえが悲しむたび、こうしておまえを」
「さいとう、さん?」
「ぐちゃぐちゃに犯して、めちゃくちゃにしたかった」

 そう、歪んだ劣情を吐き出すように言ったら、彼女は僕を掻き抱いた。

「だいじょうぶ、ですよ」

 私はここにいます、と彼女は僕を抱きしめて言った。これじゃあまるきり逆じゃないか、なんて思ったら、どうにも可笑しくて、嬉しくて、そうしてずっと感じていた空白が満たされた。

「ごめん、動く」
「ひゃっ」
「痛かったら言って。善処するから」
「やっ、あつ、いっ」
「うん、あと、きもちかったら言って」
「わかん、な」

 彼女の声を聞きながら、がつがつと腰をぶつける。ぐちゃ、と水音を耳が拾って、それさえ熱を煽った。

「だめ、なに、あっ、やぁっ!」
「ああ、ここ?」
「そこ、だ、めっ、なにか、きちゃ、う…!」
「何かっていうか、うん、ここね。覚えた」

 覚えた、か。彼女が快楽を得る場所を覚えた、というそれは、次もあると言っているようなものなのだけれど、今の沖田ちゃんには通じないだろう。

「あっ、あぁっ!」

 あえかな声を上げて、彼女のそこが自身を締め付ける。今までの細かい絶頂とは違う、本当の意味で達したらしい彼女は、びくびくと震えて、それでも僕を抱きしめて離さない。

「気持ちい?」
「……いじわる」
 少しだけ落ち着いた彼女に問えば、涙目でそう言われた。だから僕は追い打ちのように言う。

「今度は僕も気持ちくしてよ」
「ひゃい?……っあぁ!まだ、だ、め」
「だめ、はないでしょ」

 据え膳なんだから、と僕は腰を動かす。締め付けられたままのそこは初めてだからだろう、ずいぶん狭くて、堅く彼女の最奥を守ろうとしている。それを暴こうとするのがどうにも背徳的で楽しいと思うのは、どこか歪んでいるのだろうか。

「お、くっ、あた、って」
「はは、気持ちよさそう」
「あっ、だめ、あつい、あ、やぁっ!?」
「ごめん、煽ったの沖田ちゃんだからね」

 僕は言い訳にもならないようなことを言ってこじ開けた最奥に昂った熱をぶつける。それにびくびくと彼女は震えた。締め付けられて、痴態を見せられて、もうこっちだって限界だった。

「ね、中に出していい?」
「え?やっ、な、に?」
「いいよね?」

 答えなんて聞く気もない質問をして、自分で勝手に答えを捏造する。我ながらいい性格をしているな、なんて思いながら、熱が高まるのを感じた。

「出すよ」
「ひゃんっ、や、へ、ん」

 どくんと脈打ったそれに彼女が違和感を感じたのにも構わず、劣情をその最奥にぶちまける。

「あつ、い」

 うわごとのように彼女は言う。

「きもちい、かな、僕は」

 それに自分で言ってもどうしようもない下世話なことを言って、彼女の中に注ぎ入れたそれがこぼれないように、ぐっとその体を抱きしめた。





「ちゃんと、できてましたか」

 シーツにくるまって沖田ちゃんは言った。あれから何度か交わって、そうして気絶してしまった彼女の体を清めていたら、ぱち、と目を覚ました沖田ちゃんは、僕からちょっと逃げるようにシーツにくるまってしまった。
 そうして、ちゃんと、なんてそんなことを言う。

「こんなのにちゃんとなんてないよ」
「でも、初めてだし、斎藤さんは、ちがう、から」
「気持ちいって言ったじゃない」

 笑って言ったら、シーツの中でもぞもぞと動いた彼女は僕に手を伸ばした。

「ちゃんと、女でしたか」

 ちょいちょいと恥ずかしそうに、すがるように腕に触れた彼女のその言葉に、思わずその体を引き寄せて抱きしめる。

「ちゃんとも何も、沖田は沖田だよ」
「だから」
「うん、ずっと僕が好きだったやつだよ」

 女か男か、なんて、本当は関係ないんだ、と。
 ずっと昔から、ずっとお前が好きだったんだ、と。
 そんな気持ちが伝わればいい、と思いながら彼女を抱きしめる。


 長い昔話をしよう、と僕は思った。
 長い長い、僕たちが本当に分かり合うまでの物語を。