忘れたい記憶


「あのさぁ……」
「なんです、斎藤さん」

 そう沖田ちゃんがかぼちゃで作ったお菓子をもきゅもきゅ食べながら聞いてきた。頭が痛い。

「チェイテピラミッド姫路城にメカエリチャンでしたっけ?マスターちゃんが失っていた記憶を辿ったワケですが」
「ねー、マスターもなんであんなに面白おかしい行事を忘れてしまったのでしょう?」

 心底不思議そうな彼女に、僕は机をバンッと叩く。

「人にはね、忘れたいことの十や二十はあるだろうし、今回連れ回された僕でさえ、今すぐにでもすべて忘れたいと思ってるんだけども!?カルデア碌なとこじゃねーなやっぱり!」

 叫んだらきょとんとされる。いや、待って、僕変なこと言ってないよね?

「でもハロウィンですし」
「なんでもハロウィンで片付けられると思うな」

 そう言った時だった。

「あ、沖田さん、はじめちゃん、いたー!」

 食堂のそこにマスターちゃんが駆け込んでくる。なんだろ、周回かな?と思ったら、ぽんと僕たちの座っていた席に綺麗な封筒を置かれた。

「どうしたの?」
「なんかよく分からないんだけど、これ、沖田さんとはじめちゃんへの連名での手紙?招待状?みたいなが届いてて」
「いやいやいや!?地球白紙化してんのに!?手紙届きますかね!?」
「わーい、お手紙です!招待状です!マスターこれは私たちが開けていいのでしょうか?」
「もちろん」
「聞いてねえ……」

 僕の言葉などどうでもいいというふうな沖田ちゃんがるんるんとそれを開ける。嫌だよ、僕は。だってハロウィンの記憶っていうか記録だって招待状とか来てたじゃん。絶対碌なもんじゃないって。

「えーっと、読みますよ」
「聞こえない振りしたいけど一応聞いてあげる」


『前略 斎藤一様 沖田総司様
 秋も深まり、というかそろそろ稲刈りシーズンも終わりなのに終わりません!困りました!霜注意報が出てます!あと五反分くらい稲刈りが終わっていません!至急加州清光と鬼神丸国重?でしたっけ?を持って邪馬台国に来てください!

 出来る女王より』


「あれ……?そういえばこの頃カルデアで卑弥呼さんを見かけないと思ったら、そういうことでしたか!」
「どういうことなの!?邪馬台国は終わったはずで、特異点も消失して!」
「斎藤さんは復刻という言葉をご存知ない?」
「存じ上げねーよ!」

 言ったがもう手遅れ感満載だ。あああああ、蘇る田植えと稲刈りが延々と続く記憶、そしてチェイテピラミッド姫路城(なげーんだよ)に勝るとも劣らない違法建築高床式倉庫……

「頭痛くなってきた」
「レイシフトお願いできますか、マスター」

 いいよーと安請け合いするマスターちゃん、魔力リソースの無駄って知ってる?





「いやー、稲刈り、霜が着く前に間に合って良かったですね!」

 沖田ちゃんに言われたけれど、正直もう腰が痛くて仕方ない。老体舐めんな。

「ありがとねー、なんかいつの間にか邪馬台国の反応あるわーと思って来てみたら信勝くんに教えられたとおりに治水とかやってくれてたみんなが大豊作すぎて収穫しきれなくてさー」

 卑弥呼さんににこっと言われる。いや、まあそのくらいはいいんですけどもね。なんだろう、釈然としない……ていうかこの人単独で勝手にレイシフトしたんかい。やりたい放題だな……。

「ハロウィン本番前のいい肩慣らしでした!」

 なんでこの子は笑顔かねー、と思っていたら、卑弥呼さんがお礼にお酒取ってくるから待ってて!とぱたぱた蔵の方に走って行ってしまう。そこで僕は思わず沖田の着物を引いた。

「なんです?」

 稲刈りだからって羽織も着ずに無防備なそれを、畦に引っ張って、それから、思い切り口づける。

「んむっ」
「口開けろ」
「ちょっ、いっ」

 そう言ってから、犬歯で軽く彼女の唇を切る。そうしてそれを舌に絡めて舐める。そのまま口づけて、口腔の唾液と混ざった鉄錆の味を頂いて、それからごくんとそれらを飲み下して彼女を解放したら、真っ赤な沖田ちゃんににらまれた。

「な、な、なんですか!急に!く、くちすい、なんて!」
「魔力足りなかった。疲れた。ジジイだから」

 そう言ったら、ぽすぽすと叩かれた。

「見え透いたこと言って、なんなんですか!」

 何が見え透いてるのさ、と言ってやろうかと思ったけれど、思わず笑って言う。

「口吸いしたかっただけ。いい天気だし」
「天気と、く、口づけに関連ってありますか!?」

 叫んでいる沖田ちゃんに、へらりと笑う。
 ま、こういうのも悪くないかな、なんて思いながら。


2021/10/19