残暑
「あーつーいー」
「口に出すと余計暑くなるからやめてくれる?」
屯所の縁側で足をぷらぷらいわせながら、暑い暑いと繰り返す沖田ちゃんに、思わず言ってしまう。暑いって言うと余計暑くなる。
「余計ってことは斎藤さんも暑いんじゃないですか。かっこつけないでください」
「いや、別に恰好付けてやってるわけじゃなくてね……」
ねめつけられて思わずため息を吐いた。どうしてこう、何でもかんでも好戦的かな、こいつは。
気が付けばもう長月で、夏も終わりかと思ってもまだ暑い。残暑というやつだな、なんて思ってから、そう言えばまた恰好付けてるとか言われる気がした。
「早いな……」
「え?」
この京に来て、季節は巡って。いろいろなことがあったけれど、それすらも追い越すように、そうでありながら絡みつくような熱気はまだ残っていて。
「平和で静かだったら、なんてね」
「なんです、急に?」
ぽかんとこちらを見た沖田ちゃんに、そんなことすべて捨てるようにこの場所に飛び込んだはずなのに、今でもまだ、あの江戸で何もなく竹刀を振るっていただけの日々を思い出す。
「ずいぶん遠くまで来たなぁって思っただけ」
京は盆地で、どうにも暑くて。だからこんなことを思ってしまうだけなんだ、きっと。
懐かしいわけじゃないと言い訳するように、僕はそう思って青空に雲を散らしたそこを見上げた。
こんなはずじゃなかったと思わないわけじゃなかった。
もっと、もっと違う何かがあった気がした。
隊はどこか壊れていって、どこかからすべて壊れるような、少しずつ瓦解していくような、そんなどうしようもない予感がした。
まるでへばりつく残暑のように、どこかにその不安のような何かが残っていた。
たくさんのものを喪った。喪わせた。戦った。勝った。負けた。
「それは、たぶん望んでいたものとは違う形で」
呟きにぼんやりと彼女はこちらを見ていた。意味のない、呟き。
ここまで来てしまったのだから。もう進むしかないのだから。
そう思った時だった。
「っ……!なんだよ!人がちょっといいこと考えてる時に!」
「そういう気取ったこと考えてるから暑いんですよ」
そう言って沖田ちゃんはぴたっと手に持っていた水の入った茶碗をこちらの頬に当ててきた。冷たいような、少しぬるいような。
「ねえ、あめ湯でも飲みに行きませんか?奢ってくださいよ」
「熱いじゃん、夏ばてにはいいかもしれないけどさぁ」
そう言われて、そう言い返したけれど、それもいいかもしれないと立ち上がる。
「もう戻れないんだから。夏も終わりですね」
彼女はそう一言言った。
ああ、そうか。
もう戻れない。この夏も戻ってこない。どんなに暑さが残っていても、もう夏は戻ってこないのだから。
進み続けるしかないのだから。
「そっちが奢ってよ。給金は変わらないんだからさぁ」
「嫌ですねぇ、あめ湯を飲ませてくれる甲斐性もないんですか?」
そんなことを言い合いながら、歩き出した僕たちは、きっともう、戻れない。
夏が戻ってこないように、とその暑さの中を歩き出した。
2022/9/4