どこにも行かない

「どこに行ってたんだ」
「なんで、あんたに言わなきゃならないんだよ!降ろせ!」

 腕の中で跳ねた歳を俺は抱え上げたまま道場に入る。こりゃあ手当が必要だな。

「またどっかに喧嘩売ったのか?」
「だ、か、ら!なんであんたに」

 そう言ったところですとんと降ろせば、不服そうに、それでも抵抗する元気はないのだろう、ペッと血を含んだ唾を吐き出す。まあいいけどよ。

「うるせぇな」
「なんでって言ったな。あれだ、お前が怪我したり、泣いたりしたらこっちも辛いから、かなあ」

 そう言ったら彼は顔を赤くしてプイっとそっぽを向いた。

「……気を付ける」

 可愛らしいと思うのは、少し意地が悪いだろうか?





「俺が泣いたら辛いんじゃなかったのかよ!?」

 歳に叫ばれて、俺は何と答えたものかと思ったら、思わず昔を思い出して笑ってしまった。笑うところじゃないだろうに。

「でもまあ、なんだかんだと怪我してないしなぁ」
「そういう問題じゃない、だから、あんたがいなきゃ俺は!」

 もう泣くなよ、と手を伸ばす。声が聞こえればいいと思いながら。
 声が、聞こえなければいいと思いながら。





「部長、これ終わったんで」
「悪いな」
「悪いんですがとっとと帰ります」

 そう言った彼に藤堂がひょこっと顔を出す。

「土方課長っていうか土方さんって生まれ変わっても鬼みたいに仕事して酒の一つも飲みませんよねー、飲めないの間違いか」
「〆られてぇか」
「平助くんはお馬鹿さんだなー相変わらず」

 そう言って永倉がずるずると彼を引きずっていく。相変わらずな光景は二百年近くたっても変わらないから驚きだ。
 ……この仏頂面の裏にあるものも、変わらないのだから。





「勝っつあんは仕事が遅い」
「まー、お前のおかげで出世できたようなものだし」
「早く帰ってこないのが悪い!」

 マンションに戻れば不服そうに夕飯を作って素直に待っていた歳に吠えられる。こういうこところも変わらないのはどうしたもんかな。

「せっかくまた会えて、せっかく今度は誰も死なないところであんたを出世させたんだから」

 そこまで言って、歳はふいとそっぽを向く。うん?

「だから?」
「なんでもない」

 いや、なんでもなくはないだろう、と思って顔を覗き込んだら、今晩はシチューらしいから温め始めてしっしと振り払われた。これはあれだな、いじめたくなる。

「俺が帰ってこないと泣くか?」
「ちーがーうー!」
「ウサギは寂しいと死んじまうらしいから大問題だな」
「誰が兎か!」

 そう言って歳は配膳を済ませる。今更だがわりと当たり前のように同居してるよな、俺たち。まあなんだっていいんだが。

「じゃあ「だから」、なんだ?」
「っー!」

 そう言えば顔を真っ赤にして、彼は一言呟くように言った。

「もっと俺に構え」

 言葉に俺は思わず笑ってしまう。あの日聞けなかった我儘を、今はいくらだって聞いてやるから。