嫉妬
こんなの違う、と自分に言い聞かせるように、それでも耐えられないのか、それとも堪えられないのか、俺は煙管を噛んだ。
「島原……俺も行くだろうが」
自分で自分に言い聞かせるように呟く。だから。
「近藤さんが行ったからって、俺がどうこう言うのは筋違いだ」
そう呟いて、一人、文机に向かって残りの書類を仕上げていく。
そんなの当たり前だろう、と思いながら。
*
近藤さんとそういう関係になって一年ほどが経つ。そういう、体の関係、と自分で思って自嘲気味に笑った。体だけの関係だろう、と。
「まあ、そうだろ」
自分の思考に答えるように、一言言って、トンと書類を整えた。
彼のことが好きだったのは間違いない。だけれど、それが近藤さんも同じだったなんて、そんな高望みしたところで何にもならない。
好きだった。愛していた。
だから、体だけの関係で十分だった。慰み者でも、誰かの代わりでも、十分だった。
そうだというのに。
「馬鹿だな、ほんとに」
彼が廓に行ったというだけで、悋気を起こすなんて、筋違いだし、なにか本当にただの嫉妬で喚いているようだ、と思った。
「近藤さんは俺のもんじゃない」
そんな当たり前のことを口にして、ぼんやりと文机を見る。
俺と体の関係を持ってしまったのだって、何かの間違い、というか、持て余していたところにちょうどいいのがいた、くらいのことで、それでも近藤さんは優しいから、ここまでずるずる関係が続いてしまっているのだろう、と思った。
それで十分じゃないか、と考えてから、それでは十分じゃないし、こんな男を抱いたところで楽しくもなんともないから廓に行ったのだろう、と思う。
「そんなの、当たり前だろ」
ぽつりと言った自分の声が、どこか遠く聞こえた。
「俺みたいな男より、女の方がいいに決まってる。近藤さんは金だってあるし、そもそも人が良いから、俺なんかよりずっと」
ずっと、と思ってそれから、どうしようもなく寂しくなって、どうしようもない嫉妬心が生まれた。寂しくなるのと嫉妬は一緒にはならないもののような気がしたし、そもそも、先ほどから考えている通り、寂しさも嫉妬も、本当は持ってはいけない感情だと知っていたのに。
「馬鹿みてぇ」
ぽつりと言った時だった。
「本気でああいうの苦手なんだよなぁ」
廊下から何か、どこか疲れたような、呆れたような近藤さんの声がした。
*
その声にびくりと肩を揺らしたところで、障子戸が何のためらいもなく開けられる。当たり前だが、この部屋にそんなふうに入ってくるのは近藤さんくらいしかいない。
「ただいまー、疲れた」
そう言った彼のことをずっと考えていた俺は、なんと答えたらいいのか分からずに、勝手に入ってきて、勝手に座った、普段よりもいい着物を着ている近藤さんをじっと見つめた。
「ん?どうした?」
「いや、その……」
問われて、何を答えたらいいか分からずに言葉を濁したら、近藤さんは俺の顔を見て笑った。
「やっぱり歳のとこの方が落ち着くっていうかアレだなぁ」
「……は?」
何を言われているのか分からずに間抜けた声を出せば、近藤さんはやはり笑う。
「いや、今日な、あんまり会うこともないと思ってたお偉方と会う羽目になって、そもそも島原自体、俺はあんまり行かないし、そんなところとそんな状況で酒飲んでも酔えないどころか不味いだけでな」
「え……」
更に間抜けた声を出せば、近藤さんは「あ」と一言思い出したように言って、それから続けた。
「歳に言ってなかったんだよなぁ、総司に滅茶苦茶怒られたぞ。報告連絡相談って。ただ急に決まったことでバタバタしてたし、歳も忙しそうだったから……まあ、言い訳みたいなもんだが」
「……その、なんだったんだ?」
意を決して聞いてみれば、近藤さんは本当に疲れたように溜息をつく。
「接待」
「……あの……」
「言っておかなくて悪かった。それにお前が行く羽目になるかとも思って。それはどうにも嫌でな」
そう言われて、彼が女を買いに廓に行ったのだと思っていた俺は、そうしてそんなの当たり前だと自分に言い聞かせていた俺は、どこかぼんやりと、呆然としたように近藤さんを見た。
「歳は美人だから、心配だし」
「あ、の……それで、いいのか?」
言われた言葉の意味も分からず、問いかけた言葉の意味もどこか不明瞭なままそう言えば、近藤さんは当たり前のことのように笑う。
「だって、歳と付き合ってるし、というか歳を取られるのは我慢ならないというか……」
そう当たり前のように言われて、俺は思わずぼろりと涙を流していた。それに驚いたように近藤さんが手を差し出してくる。
「どうした?」
「いや、あの、俺じゃ不満だから行ったのかと思ってて……そもそも、そういうだけの関係だと思ってた、し……」
馬鹿正直にそう応じれば、近藤さんにすとんと抱き留められる。
「馬鹿だなぁ、歳は」
笑いながら、彼は言った。
「お前以外いらないし、そんなふうに思ってたのか?」
腕の中で涙を流して、答えが上手く返せない俺に、彼は笑ってくれた。
「そんなふうに思われてた俺が原因の一部でもあるし……そういうところも含めて可愛いが、お前以外いらないってことは信じてもらえると助かる」
「……信じる。近藤さんが言うんだから」
子供の様に泣きながら、子供の様にそう言えば、彼はより一層強く俺の体を抱き寄せた。
それに、どうしようもない嫉妬や寂しさは、いつの間にかどこかに行っていた。
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2022/11/14