嘘つき
切り出すのは簡単。きっと、とても。
壊すのは簡単。きっと、とても。
「なあ、もう終わりにしないか」
「は?」
だから夜着を適当に引っ掛けて、半分裸のようなその男に抱き締められたそこでふと言う。もう、終わりにしないかとずっと思ってきた言葉を。
「近藤さんは、別に俺じゃなくてもいいだろ」
こんなこと言いたい訳がないのに。言葉は至極簡単で。
「女買う金もあるんだし、まあ俺なんざやめておけよ。悪趣味だろ」
頷いてほしい訳ではないのに。言葉は至極正論で。
どこで間違えたのかもう覚えていない。ただ俺は、近藤さんが好きで、愛していて。
だから、この人がどこで間違えたのか分からない。覚えていない。
俺は確かにこの人の部下だ。俺確かにこの人を愛している。
だけれど。
「誰かの代わりは、もう嫌だ」
切り出すのも、この関係を壊すのも、とても簡単。
それは俺の心が壊れる前に、とっくに壊れていたとしても、本当のとても簡単な事なのに、馬鹿みたいに続けてきたから。
「歳」
「うるせぇな」
適当に言う。少し声が大きくなった気がした。別にいいだろ。俺はあんたの求める誰かの肌の代わりなんてもう嫌なんだよ。
「代わりじゃない」
「うるせぇっつってんだろ!」
がつっと思わず後ろから抱きかかえられていたその腹辺りに肘をあてる。入ったかは知らないが、近藤さんが黙ってくれて助かった。というか、ただの悋気を起こした女みたいだな、これじゃあ。
「あんたが求めるものを俺は返せない。返したくない。だからもう終わりだってだけの話だよ」
背を向けたまま、どこか投げ出すように言ったら、ゆっくりと抱き締められた。
なに、やってんだよ、あんた。だってこんなの、間違って、いて。
「間違いか、これは」
静かに聞かれる。そうだろう、と思って黙っていた。黙って抱き締められたままの俺は、きっとまだどこかで彼に縋っていたかったのだと思う。
だけれど、もう終わりにしたかったのも本当だった。
誰かの、何かの代わりにあんたに抱かれるのは、
抱かれるのは嬉しかった。一瞬でも愛されていると錯覚できた。
抱かれるのは苦しかった。それがすべて紛い物だと知っていた。
だから。だから、これは間違いで。
「俺はお前が好きなんだがな」
だから、そんな優しい嘘はいらないから、と思ったら、不意に体を返されて組み敷かれる。
「嘘は、いらない」
真上にある近藤さんの顔に思わず呟く。呟いたら、彼は笑った。
「俺がお前に嘘ついたことあるか」
言葉にすべてが固まった。思考も、声も、体も。
あんたは俺に嘘なんかつかない。俺を裏切ったりしない。だから、でも、だけれど。
「ガキみたいだな、歳も俺も。人間、言葉にしなきゃ嘘もほんとも伝わらない」
知ってたのにな、と男は笑って唇を落とした。俺はただそれを受け入れた。
「好きだ。愛している」
これでも駄目か?と笑われて、俺は気が付いたらぼろぼろと泣いていた。
あんたは、嘘をつかないから。そんなこと、知っていたのに。