弱み

「何というか、彼は少し厳しすぎる。自分に」
「山南さんが言うと何となく末期的な感じしますね」

 そう言って沖田ははあっとため息をついた。

「小姓さんでも定着すれば変わります……かねぇ?」
「どうかな。そういう問題でもないような気がするよ」

 壬生浪士組改め新撰組が結成して半年、土方が知恵熱を出して三日目のことだった。





「こんどーさーん。土方さんならまだ寝てますよー」
「え」
「間抜けた声出さないでください、お願いしますから」

 何だかんだと所用でその三日屯所を空けていた近藤が帰ってくる前にいろいろと片を付けようと裏で山南が手を回していたのだが、結局仕事は終わっても土方が起き上がれなければ何の意味もないのだと気が付いたのが先刻のこと。土方が倒れたから行くのを止めると言い出したのを説得するのも大変だったのだから、帰ってきたら元気に出迎えてほしいものだ、いろいろと、と沖田と山南は思っていたわけだが、人の体調などそう思うようにいくわけがない。

「変な病とかじゃ、ない、よな」
「それだったら同じ理由で倒れた山南さんどうします?「忙しい」っていう病名付けます?」
「サンナンも!?」

 土方の分と自分の分、それから近藤の分の書類をまとめて片づけた山南は、先刻「あとは頼んだよ」と今わの際のようなことを言ってばたんと倒れた。「平助が悲鳴を上げていたのが印象的だ」、などと永倉や原田は思いながらとりあえず沖田に「あとは任せた」と言って山南を部屋に運んだのだが。

「あのですねぇ、近藤さんは少し反省してください」
「あ、はい」
「土方さんと山南さんに書類丸投げまでは言いませんけど、土方さんに甘えるのやめてください」

 珍しく圧の強い副長助勤に、廊下の板の間に正座して話を聞かされる局長なんて誰も見たくないだろう。廊下を通る者はなかったというか、みな、別の道を探して行った。

「そう、じ、うるせぇよ」
「あ、起きました、と言いたいところですがまだ寝ててください。どーせお仕事終わってるんですから」

 そこはその副長の部屋の前の板の間だからなおさらだ、なんて沖田は思いながら、声で目が覚めたのか、這いずるようにして近づいて障子戸を開けた土方を、沖田はひと睨みする。

「歳、寝てろ!というかサンナンもってお前たち」
「あ?大将にやらせる仕事じゃねぇって言っただろ」
「だ・か・ら!大将にも書類くらい覚えてもらえれば楽なんです!」

 そう言ったところで床から這いずってきたのは違いない、と沖田は大きく息をついて、近藤に言った。

「じゃあ近藤局長にお仕事頼みますけどね、この土方副長を取り押さえて寝かせておいてください。ほんとにもう」

 そう言ってもう知らない、と彼は踵を返した。相も変わらず頑迷な人だ、なんて思いながら。





「何というか、すまん」
「謝んな。むしろ俺が」
「謝ったら落とすからな」
「……っておい!」

 言葉を重ねようとした土方をそのまま抱え上げて床に戻す。

「あのなぁ、まあこっちも変わらないんだが、その、隊全体のことになるから、少し自覚を持てってことだと思うぞ、総司のあれは」
「ならなおさら。俺はあんたの手駒だろ」

 働いて何が悪い、と言われて、近藤は大きく息をつく。どうしたものか、本当に。この組織の地位が上がって、彼のこういうところはよりひどくなっていないか?と。

「じゃあサンナンもか?」
「そうだろ」
「違うだろう。いや、サンナンがどうと言いたい訳ではなくて」

 そう言って床の土方を見下ろしたらきょとんとされる。そうしていると幼いころというか、道場に突然訪ねてきたころと変わらないような、と思いながら近藤は諭すように言った。

「そういう意味で俺が頼るのは歳だけだよ。そう言ったら総司も違うさ」
「だったら」

 なおのこと、と言いかけた唇に指を当てる。

「分かるまで、寝てろ」
「……は?」
「そういうところが変わらないが、変わったんだよ、歳は」

 そう困ったように笑って、近藤は彼の瞼を撫でた。

「まだ」
「サンナンがやってくれたそうだから、お前を見張ってないと総司に怒られる」
「あの」
「寝てろ」

 言葉に土方は渋々と目を閉じた。心地がいいと思う自分はきっと弱くなったのだ、なんて思いながら。