ゆめをみたあと

「夢を見ます」
「夢?」
「何か、誰かいなくなる、夢を」

 風邪をひいて大学を休んで、そうしてかかりつけの松本医院で先生に怪訝な顔をされた。不規則な生活をしていないか、と聞かれたから、最近寝ていないと答えたからだった。

「それが嫌で、寝ていない、と」
「まあ、そうなりますかね。嫌というか、怖いとも違う」

 そう言ったら松本先生は考え込むように黙ってしまった。この人精神科医とかじゃないしこんなこと言われても困るだけだよな、と思いながら、俺はだけれどどうしてもこの頃寝ていない理由なんざそれしかないしな、と思う。

「それは、例えば江戸時代とかそういう時代みたいなところで人が死ぬ、とか、死ぬことになると告げられる、とか」
「……は?」

 この人何言ってんだ。なんで。

「なんで、分かって」
「いや、何となく、だ。まあ夜はよく寝ないと風邪を引くから」

 今日のように、と結んで先生は薬を処方してくれた。なぜか、その言い当てられたことを深く聞いてはいけないと頭のどこかで警報が鳴った。





『歳ー、風邪大丈夫か』
「あんま大丈夫じゃない」

 夜。咳止めを飲んでも止まらない咳でガラガラになった喉で、幼馴染で級友の勝から掛かってきた電話に出る。

『あ、悪いな、声ガラガラだな。なんか持っていこうと思うんだが、スポドリとあと』

 スマホから聞こえる声が遠ざかる。あ、れ?なんだ、これ?

『松本先生が寝てないから、様子を見てほしいって言うからさ』
「小学生か、俺は」
『まあ実家近くても大学だからって一人暮らしだし、松本先生も小さい時から診てるから心配なんだろ』

 答えながらどんどんと自分の意識が遠くなっていくのを感じる。この、声。
 この、感じ。
 ああ、そうだ。俺が、俺が、俺がいなくなれば。

「悪い、こんどう、さん」
『……そうか。鍵開けとけ』

 近藤って、誰だ?そう思いながら、俺はゆっくりと起き上がって鍵を開けた。
 ここに、誰が来て、誰がいなくなって、誰が、俺が……?





「目は覚めたか」

 ひどい汗だぞ、とその人は言って、軽く濡らしたタオルで額や首筋を拭いてくれた。

「風邪じゃないんだな、これ」
「そういうことになるな」

 手短に答えて「近藤さん」は「松本先生」から依頼されたその俺の部屋に来てくれたらしい。

「夢を見た」
「どんな」
「あんたを喪う夢を、何度も見た」

 そうかとだけその人は応じた。涙がこぼれた。

「……れが」

 声はガラガラなんじゃない、からからに喉が渇いて声が出ないんだ。
 いつもそうだ。あの時も、あんたが死ぬと、分かっていたのに何もできないから、だから、声を出すことも出来なくて。

「おれが、かわりに」

 いなくなれば良かったんだと叫んだら口づけられてその叫び声を吸い取られた。そうして唇が離れると、余韻も何もなく頬を思い切りぶたれた。

「馬鹿野郎」
「馬鹿だよ、俺は」

 あんた一人守れないで、何が新撰組副長だ。何が、なにが、なに、が。
 だから、怖くて、ずっと忘れていて、だから、一人だけ逃げて、だから、だから、

「お前が死んだら俺は悲しい。俺が死んだことをお前が悲しんでくれたなら分かるだろう」

 悲しいなんてもんじゃなかった。あれは喪失だ。体の一部を抉られるような。
 だから、思い出したくなくて、だから蓋をして、だから、本当は許されるはずなんてなくて。

「許さないでくれ、俺を」
「ああ、許さん」

 ああ、その言葉が嬉しいと思うほどに浅ましい俺は。あんたを死なせたくせに、その罪を赦さないと当の本人に言われて嬉しいと思う浅ましい俺は。

「許さんから、今度こそ一生付き合ってもらうぞ」
「……は?」

 そう言って近藤さんはもう一度軽く俺に口づけた。

「馬鹿だな、歳は。俺が死んだのは俺のせいだよ。お前を許さないなんて言う訳ないだろ」

 あ、ああ、この人が、俺を許さないなんて言うはずないと知っていたから、だから嬉しくて、だから浅ましくて、だから、俺は。
 そう思ったらぼろぼろと涙が止まらなくなった。

「ごめんなさい」
「うん」
「こんどうさん、は、ゆるさないなんていう、ひとじゃない」

 だけどきっと、俺のせいだから。俺のせいだと思いたかったから。だから、蓋をするなんて、それはとても醜くて、惨くて、だから。

「だから、今度は一生付き合ってくれよ。死ぬまで。じいさんになっても」

 俺たちは速く走りすぎた。だから、今度はもっとゆっくり、あんたと歩んでいいのなら。

「近藤さんが、望んでくれるなら」

 小さく言ったら、抱き締められた。ああ、この人を守ろうとしてきたのに、ずっと俺は守られてきたんだと、何百年という昔話と今を繋げるその腕に思った。
 涙は止まらなかった。