呆れた


「お前のためなら死んでもいいよ」

 返り血を乱雑にぬぐって、それから斎藤さんは私を見て言った。

「呆れた人ですね」

 怪我なんて一つもないくせに、死ぬ気なんてさらさらないくせに。そうして、彼を彩る赤を思った。

「早く回収こないかなー」
「あれ?沖田ちゃん無視はひどいんじゃない?」
「呆れた人だと言いましたよ」

 私はそれに、早くボーダーが回収に来てくれないかとどうでもいいことを思った。マスターとマシュさんを逃がしてそれから、どのくらい経つだろう。彼はそこらの獣の血抜きをすれば食えるだろ、なんて言って、今しがた愛刀で狩りをしてきたところだ。
 魔猪…正直食べたくないし、そうしてどうしてまた血まみれになってそんなことを言い出すのか、なんて思った。

「まあ、血抜きすればいいんですけど」

 そう言って私は更けてきた夜空を見上げる。まだ暗くはなく、夕焼けが彼が血みどろなのを示していて、それがどうにも可笑しかった。

「どうしてそう、派手なんですかね」

 その血、と言ったら、斎藤さんはふと言った。

「あのね、急に宝具使いたくなって」
「リソースの無駄」
「こう、血を浴びたかったというか」
「馬鹿」

 私の短い返答にも気を悪くしたふうもなく斎藤さんは言った。

「いやね、これを食わないと僕も沖田ちゃんも死ぬとして、お前のためなら死んでもいいよ、なんて思ったわけで、ここは宝具かな、なんて」

 本当に呆れた人だ。

「血を浴びないと生きている実感も持てませんか」
「え?」

 私の質問に、彼は間抜けた顔で応じた。呆れた人だ。これから火を熾して、これを焼いて、なんて思ったらひどく気が滅入る。本当に、と思って私は自身の唇を噛み切った。

「沖田ちゃん?」
「斎藤さん、かがんで」
「はい?」

 そう言ったら素直にかかがんだ彼に、私は自身の血を飲ませるように口づけた。

「んっ、今日はずいぶん猟奇的じゃない、沖田ちゃん」
「あなたが宝具なんか使うからですよ」

 私の方が消耗していないから、と思って適当に血を分ける。そうしていたらボーダーの四輪駆動の音がした。

「あーあ。せっかく狩ったのに」

 そう斎藤さんは言った。私はその血みどろのスーツをなんとかしてください、と言ってから言った。

「そんなものより、美味しいでしょう?」
「まあ、ずっとね」

 べろりと彼は口許に残った私の血を舐めた。
 子供のようだ。呆れた。