遠い記憶に囚われている。絡みつくように、粘つくように。
 息ができない。
アスター
「あの日、あの時」
「……」
 僕の言葉を沖田ちゃんは静かに聞いていた。それがひどく息苦しい。
「山南さんのところに行かせたくなかった」
「分かっています。私が押し通ったんです」
「……違う」
「違わない」
 押し問答のようなそれに、僕は遠い日を追憶する。遠い記憶、遠い思い出、痛みを伴うそれ。
『おや、喧嘩かな』
『聞いてくださいよ山南さん!斎藤さんが私が大事に取ってた大福を!』
『待って、その前に柏餅昨日食ったよね?大事に取ってたやつを!』
 どうでもいいことでじゃれあうように喧嘩をする僕たちを止めてくれるのはいつだってあの人だった。副長は見ているだけだし、局長は笑うだけで、間に入って僕たちを取り持ってくれたのは山南さんだけだった。
「だから、お前に山南さんをもう一度看取らせるなんてしたくなかった」
 言いながら僕は、彼女もたくさんあるはずの山南さんが仲裁した喧嘩の中から、あの大福と柏餅の話を思い出していればいいと意味もなく思った。
 意味もない感傷が。
 意味もない追憶が。
 意味もない後悔が。
 僕たちを苛む。そんなもの捨ててしまえればいいのに。
「斎藤さん。大福食べたいです」
「沖田ちゃん。柏餅食べたい」
 ああ、やっぱり。同じ記憶を共有してしまう、できてしまう。そうだ、あの日、あの大福を僕が食べた後に、彼は僕らを諫めて、それから、それから。
 だからこれは偶然なんかじゃない。
 だからこの記憶を共有してしまうのは偶然なんかじゃない。
「記憶を消せたらいいのに」
 そうでなければ、こんなところに来たくなかった。
「私たちはそうあるしかない、と誰が決めたんでしょうねぇ」
 いやにゆっくりと沖田ちゃんは言った。
「え?」
 言ってそれから、立ち上がって座る僕の頭を抱き込んだ。
「大丈夫ですよ。私がついていますから」
 もうどこにも行きませんよ、と女は言った。
 欲しかった答えを、当然のように言う彼女に、僕はあと何度救われればいいのだろう。
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アスター:花言葉「追憶」