初恋の終わらせ方


「はい、わたしのかち!」

 少女はそう言って少年に馬乗りになった。

「かなわないな」

 彼は、屈託なく笑い、竹刀を投げ出した少女に抱く感情の名前を知っていたから。





「公式戦で突きが解禁になった感想は?」
 斎藤の問いかけに、沖田は高校生になって突きが正式に技として認められる、というか使えるようになったことを思って、それから彼と幼いころからずっと一緒に剣道に打ち込んできて、気が付いたら高校まで一緒だったのだ、と思う。

「うーん、正直突きで一本取るのって思ってたより難しいですね」
「まあ微妙なラインで審判には見づらいからかもね。僕からすれば確実に入ってるけど」
「それは斎藤さんの逆胴も一緒でしょう」
「型もなけりゃ形にもなってない逆胴なんぞ一本取れませんよ」

 そうして、彼の得意技である胴について言えば、それも逆胴なら結局突きと一緒で入った入らないはなかなか判別の難しいものだった。
 そんな話をして、それから斎藤はふと思い出す。「わたしのかち!」と言って馬乗りになり、小学生の頃には突きを放ち、誰にも追いつけない才能を持っていた彼女と、ずっと一緒にいた自分、というものを。
 だけれど、「わたしのかち!」と初めて彼女が斎藤から一本を取れるまでには二人が同じ道場に通い始めてから少し時間を要した。子供の男女の体格差は技量よりも大きい。だから「わたしのかち!」と嬉しそうに笑った彼女に目を奪われたそれが、自分の初恋だったのだ、と。そうして斎藤は思い立ったように言った。明日、道場で一仕合しようよ、と。



「やった!斎藤さんとなんて久しぶり!」





「なんだか久しぶりですね。いや、来てますけど最近学校の道場ばっかりだったから」

 しかも斎藤さんが誘ってくれるなんて!と楽し気に言った沖田に、斎藤は彼女を見つめる。初恋の上手な終わらせ方、なんて思った。
 いつまでも自分がそばにいたら、彼女が自由になれない。知っていた。知っているのにとどめておきたい。だから彼女に引導を渡してほしい。これに負けたら、なんて。

「他力本願だけど、いくよ」
「はい!」

 何も知らない彼女と、すべて終わらせたい彼は、防具も付けずに立ち合った。





 不意打ちのような胴を躱して沖田は突きを放つ。相変わらず面倒な型の男だ、と思いながら、防具を付けていないから寸でのところで止めたら、そのまま斎藤はごろんと転がった。

「私の勝ちです!」

 そうしたらいつかのように、馬乗りになって沖田は言った。ああ、やっぱり変わらない、と斎藤は思う。だから、これで良かったんだ、と。

「斎藤さんは私に負けたから一つ言うこと聞いてください」
「そんな約束してないけど?」

 勝手にこの一仕合で終わらせようとしていたくせに、彼女の言葉に彼は反駁する。そうしたら、そんなの関係ない、というように彼女は言った。

「付き合ってください、私と」
「え?」
「だって初恋の時と同じ顔してるんですもん」

 私が初めて勝った時!と彼女は言った。それが初恋だなんて、それも一緒だなんて。

「敵わないな、お前には」

 彼は笑って彼女を抱き込んだ。