今、この一瞬、一刹那。
 それだけを積み重ねて、それだけを望んで、だから。

「あの日、あの時」

 カチンと鍔が迫り合う。終わりのない戦いに、飽いていた。

「どこまでも行くとあなたは言った。私は死んだ」
「そうだね」

 声は、その至近距離で刃を交えているのにひどく優しかった。
 一合、二合、打ち合ってもそれは変わらない。

「どうして」

 からんと沖田は刀を落とした。シミュレーションの天候は雨。どうして、雨なのだろうと思った。どうして、このフィールドは森林なんだろうと思った。まるで、邪馬台国のあの日を再現しているようなのに、そんなこと、全然違う。
 誰かが降らせた雨なんていらない。
 誰かが作った彼なんていらない。

「どうして斎藤さんは召喚に応じたのですか」

 それは、一番聞きたくて一番聞きたくなかったこと。

「あなたは生きた。本当ならここに来る資格もないほどに、平凡に。だけれど座はあなたを『新選組三番隊隊長』として登録した。私にはそれが」

 辛い、悲しい、痛い、苦しい。
 そして

「許せない」

 ザアザアと雨が降るそこで、はっきりと沖田は言った。許せない、と。

「僕もね、ここに来る資格なんてないと思ってた」
「……」
「そうだね、許せないよ。こんな遊びに死んでまで付き合ってやれるほど僕は優しくない。だけどさ」

 言葉を紡ぎながら、彼はゆったりとした動作で刀と脇差を納めた。

「その一瞬のためだけに生きた人がいるなら、それを語るのは僕なのかもしれないな、とも思う」

 それに沖田は違うと反駁しようとして、それから、どうして私は反駁するのだろう、と思った。

「あの日、決まっていたんだ。あの日、あの時、あの瞬間。お前を山南さんのところに行くことを止められなかったとき。僕はここに来るしかなくなっていた」
「え?」
「もしも抑止力なんて壮大なものがあるなら、僕はお前にもう一度山南さんを看取らせたりしたくなかったけれど、その力はそれを良しとした。だから僕は従うしかない」

 そんなの違う、私はあなたを斬り伏せて勝手に、と喉まで出かかった言葉を、彼女は飲み込んだ。一瞬、ただあの人の死を見せたくなかっただけ、その一刹那。抑止力、自分のオルタナティブ、いろいろなものが思い浮かんで、そうしたらひどく泣きたくなった。

「嫌だよ、英霊なんて」

 ひどくはっきりと男は言った。雨が止まない。




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英雄の条件