いらない


 知っていた、知り尽くした。
 知っているのに、知っていたはずなのに。
 どうして、変わった?
 知りたい、知り尽くしたい。





 信長たちと笑っている沖田を、斎藤はぼんやりと眺めていた。桜色の着物に、大きな髪飾り、健康そうな体。そうして、笑顔。

「例えば僕の知らないところで変わってしまったのだとしたら」

 その良し悪しを言いたい訳ではない。ただ、自分が関与していないところで彼女が変わったことを形容する言葉を彼は知らなかった。

「全部、知っていた」

 そんなの嘘だと知っている。だけれど、新選組にいたころ、彼女のすべてを知っていたと思っていたし、思っている。

「そんなの、嘘だけどさ」

 すべてを知っていたなんて、嘘だ。すべてを知り尽くしたんなんて、無理だ。
 だけれど。

「例えばそれが唯一のよすがだして」

 彼女の剣技も、美しさも、傷も、病も、すべて知っていたと信じることが出来たから、彼は沖田総司という存在を担保しているのは自分だという誇大な感覚に至ることが出来た。

「そうでなきゃ、さ」

 そうだ、それくらい誇大で、馬鹿げている妄想がなければ、自分と彼女を繋ぐものなんてどこにもないと知っていた。

「どうして笑うの、そんなふうに」

 だからぼんやりと彼は言った。貼り付けたような、壊れたような笑みもまた、彼女の一部だったのに、それを削ぎ落したのは、誰だ、と。
 本当なら普通に笑える笑顔を「得た」と思うところを、彼は壊れた笑いを「失った」と考えた。それほどまでに、理解していると、その深度が分からないままに思っていた。

「お前のことを、誰よりも」

 知っていた、知り尽くしていた。なのに、なぜ?
 それだけがよすがだったのに。

「お前は変わったよ」

 それが良いことだと知っているのに、酷く胸が痞えた。





「そんな顔で笑うお前を見たくはなかった」
「はい」

 斎藤は、彼女を押し倒して直截に言った。知っていた、知り尽くしていた。だけれど、と思って緩く首に手を掛ける。女は言った。

「私も、そんなふうに洋装で、新政府に与したあなたなんていらなかった」

 ひどく無感動に、透徹した声で、彼女は言った。

「いらない、なにも」

 男はゆっくりと女に覆いかぶさった。
 二人が知り尽くして、求めたものは、もうどこにもない。