恋文
『沖田先輩のことが好きです』
そう書かれた差出人のないラブレター、というものを、沖田はもう何度も下駄箱に入れられている。それが嫌な訳ではないが、彼女は部活も終わった下校時間のそこで、はあっとため息をついた。下校時間に入れておくのは、朝練があって沖田の登校時間が早いのが分かっているからだ。そんなことにまで詳しくなってしまった。
「分かってますよーだ。沖田さんは女の子にモテモテの猛獣です」
「なーにが?」
それを後ろから覗き込んだのは同じ部活で男女が違うだけの斎藤だ。いつも彼と一緒に帰っているから、この光景を見られるのもいつものことだ。
「ラブレター、もらいました」
「良かったじゃん?相変わらず女子にモテモテで一ちゃんうらやましいな」
そう言って、彼はひょいっとその便箋を摘まみ上げる。
「あ、ちょっと!」
彼女の静止なんてお構いなく、斎藤はその恋文を眺めて、それから一瞬顔から色をなくした。
「ねえ、沖田ちゃん。これ俺にくれない?」
「はぁっ!?人のラブレター欲しがるほど飢えてたんですか?大丈夫ですか?頭おかしいですよ?」
「そこまで言う!?」
そこまで、と彼は言うが、沖田の言っていることは至極正論だ。恋文だろうとなんだろうと、他人宛の手紙を欲しがるなんて尋常じゃない。
「いや、斎藤さんついにおかしくなったんですね」
憐れなものを見るような目で、沖田は言った。
「まあラブレターももらえないそんな俺を憐れだと思ってひとつ」
「斎藤さん今キープ何人です?」
「え?沖田ちゃん一筋よ?」
へらっと言った男が複数の女子生徒と付き合っていることなんて知っている沖田は、キープなんて使いたくない言葉を使ってそれから言ってしまったものは仕方ないと思う。そうして「沖田ちゃん一筋」なんて言うこの信用ならない男が、と思った。
「あげたくなんてありませんけど、じゃあ、差出人探してください。お礼くらい言いたいので」
「りょーかい」
斎藤のその行動に、彼女はだんだん面倒になってきて、それに女子生徒のことなら彼の方が分かるだろうと思い、差出人を探す、という名目で彼にそれを預けた。一行だけの手紙だし、便箋も飾り気がない。手がかりがないのは本当だった。
*
帰り道、沖田を家まで送ってそれから、斎藤はその一枚切りの便箋をひらひらと眺めて、それからびりっと割いた。
「男じゃん、この字も紙も」
そんなことにも気づかない沖田が可愛くて、そうしてそんな沖田にこんな手紙を届けた男が許せなかった。
「探してなんてあげませんよ」
……どうしていつも、彼女が手紙をもらうときに彼がいるのかなんて、沖田は知らない。