無題


「マシュちゃん、マスターちゃん抱えられる?」
「は、はい!」
「じゃあボーダーまで全力で」
「でも!」
「血を流し過ぎた。ここらの獣が寄ってくるぞ」

 エネミーだけじゃない、と斎藤は続けた。沖田はいまだ構えを解かずに立っている。

「急げ」

 短く斎藤は言った。





「殿なら任せなさい、って言いたいとこなんですけどね」
「それは永倉さんの専売特許、ですかね」

 ぜぇはぁと二人息をついて、寄ってきたエネミーとそこらの獣を狩り尽くしたころには二人とも疲れ切っていた。互いの背中を借りて座ったそこに、もう寄ってくる相手はいないだろうが、マスターが血を流し過ぎたのは失態だ、と二人で思う。

「斎藤さん、傷は」
「お生憎様。特にないよ。疲れただけ」
「スタミナ不足ですかねぇ」

 肩で息をしながら二人で言う。殿なんてガラじゃない、どちらかといえば突っ込むのが専売特許のような二人には少し荷が重かったか。
 そんな時に、沖田が思い出したようにこふっと血を吐いた。

「あれま、沖田ちゃん?」
「スタミナ不足、ですかねえ」

 同じことをもう一度言った彼女に、斎藤はふと愛刀で自分の腕を斬る。

「飲め」
「へ?」
「あの胡散臭い探偵かダ・ヴィンチちゃんか、おっさんが回収に来てくれるまでの繋ぎ」
「……ありがたいですけど、平然と腕を斬るってどうなんですかね」

 そう言いながら、彼女は血の滴る腕にそっと口づけた。魔力が流れ込んでくる。

「なかなか猟奇的でいいもん見れましたね」
「そういうんじゃないです!感謝してますけども」

 血を流す自身の腕に口づける女、なんてそう見られるものじゃない、と思いながら斎藤は血を啜る沖田を眺めていた。

「大丈夫。沖田ちゃん以外にはやらないから」
「そういう問題なんでしょうか、これ」

 馬鹿だな、僕の血を飲ませるなんてそんなこと、マスターちゃんにだってやらせませんよ、と斎藤は思う。

「美味しい?」
「鉄の味しかしません」

 情緒の欠片もない答えに、彼は笑った。