心中立て


『指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます』
『はいはい』
『本当ですよ。またいつか』

 会いましょうね、と女は言った。いつかよりもずっとほっそりとした手で交わしたそれを僕は遠い出来事のように思っていた。
 彼女の死期が近いことを、僕も彼女も知っていた。



「会いたくなかった」
「え?」

 すとんすとんと苗を植える沖田ちゃんに、僕はぽつんと言った。邪馬台国でこの苗を植え終わったら、マスターちゃんと正式に契約してカルデアとやらに行くことになっているらしい。というか最後の苗を前にして、投影された少女が「正式契約してカルデアに帰還します!お米オーダー終了!」と宣言したのに、逆らうとかそういうことではなく、ここで消滅したいのでもなく、ただ流される自分と遠い約束を思った。

「沖田ちゃんの小指なんていらない」

 そう言って僕も苗を植える。早く真っ当な寝床で寝たかった。その一方で、その「帰る」と言われた場所が何なのか分からない自分もいた。
 そうして、約束したって彼女に会いたくなかった自分もいた。

「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます」

 そうしたら、ふざけたように、それなのにどこか遠くを見るように、彼女は手を止めて言った。

「斎藤さんは約束を守ってくれました」
「……そうかな」
「だから私も斎藤さんの小指なんていりません」

 笑ってそれから、彼女の頬を一条滴が伝ってぽろと落ちた。汗だろうか、水田の水だろうか、それとも、涙だろうか。どれでも一緒のような気がした。





 あの日、あの時。あの、彼女が匿われていた千駄ヶ谷の小さな家に残って、沖田ちゃんと一緒にゆっくり死んでいれば、と思うことがある。
 『帰ってきた』カルデアのベッドで微睡ながら僕はそう思った。何度も繰り返し、何度も夢見た最期だった。だけれど僕はそうしなかった。

「それは例えば嘘になるのだろうか、と」

 何度も思った。だけれど女は言った。もう一度会いたい、と。もしそれが今叶ったというのなら、それはなんて残酷で、なんて甘美な堕落だろう。

「指なんか切らなくたって」

 本当はお前と一緒に死にたかった。
 爪繰る数珠の百八に、と僕は古い浄瑠璃の一節を思う。

「涙なんて、見せないでくれ」

 だからあの日、あの水田で彼女はきっと泣いたのだ、と思った。

「涙の玉の数添いて」

 心中立てには、まだ早い。