好き
好き、大好き、愛してる。
「世話ないわな」
ざあざあと雨が降るそこで、ダラダラと血を流しながら斎藤は思った。好き、大好き、愛してる。
「どこ切れた?止まんね」
マスターとマシュ、それから沖田を逃がして、殿なんてガラじゃない、と言いながらエネミーを倒したまではいいが、腹のあたりに傷があり、動きが取れない。そこから流れる血は、たぶん魔力リソースか何かなのだろうが、それが血という形で現れるのか、と斎藤はぼんやり思った。血、か。傷から流れるのは血だ、というのはひどく馴染み深いものだった。
そうして思う。
好き、大好き、愛してる。
「走馬灯じゃないんだからさ」
自分で思っても滑稽なほど、思ったのは逃がした沖田総司という女性に抱えていて、そうして言えなかった思いだった。
「馬鹿馬鹿しい。好き、大好き、愛してた」
馬鹿馬鹿しいとそれを思って、最後を過去形にした時だった。
「斎藤さん!」
「は?逃げてないの?」
「マスターたちを帰還させました!その傷、早く!」
焦ったように走り込んできた沖田に対して、最初に思ったのは自分の馬鹿みたいな告白が聞かれていなかっただろうか、ということで、それがどうにも可笑しかった。
「あー、うん。置いてって。座?だっけ?戻るだけ」
縁があったらまた会いましょーと軽い調子で、しかし動けないのは本当で言った彼に、沖田は思い切り自分の指を噛み切った。
「当座!」
「は?」
荒く息をつく彼の口に、彼女はその指を押し当てる。じわりと鉄の味がした。そうしてそれから、なぜか腹の傷がじわりと癒える感触がした。
キャスター適正なんてないよな?と彼女の指を咥えているために話せない彼の疑問を引き継いで、沖田は言った。
「マスターに令呪一画もらいました。私の血は今治癒に使えます」
そう言って口にねじ込まれた指からどくんどくんと魔力が流れ込むのを彼は感じていた。治る、というそれよりも、その血が自分を癒すことが妙に心地好かった。だから、彼は粗方血を舐めると、その指を離して、軽く彼女の腕を噛んだ。
「足りないなら首でも!」
「いや、もう大丈夫。すごいね、令呪」
そう言ってから彼は言った。
「好き、大好き、愛してる」
「聞いてましたよ、ちゃんと」
彼女はそう言って、彼を抱きしめた。
それに彼はゆっくりと彼女に口づけた。
鉄錆の味がする。