理由を(千利休)

FGOの千利休の話。
利休さんと森君と新選組の皆さんが巻き込まれていますが、お茶飲んでるだけ。
酷く殺伐としているぅ!という。森君と山南さんが主な被害者に見えます。
新邪馬台国を読み返す度に思うんだけども、理不尽だよねっていう。やっぱり理不尽だと思うんだよねと。

そういうことで川中島のあとだからふつうに晴信さんも永倉さんも孫一ちゃんもいますが、出てくるのは永倉さんだけです。

お盆だから水屋を整理していて「利休居士の切腹はやっぱり理不尽だよなあ」と思っただけ。私は裏ですが長いこと席に出ていないので秋に引っ張り出されるのも病欠にしたいと言ったら張り倒されそうになった。人数合わせは良くないよ……。

 

 黒く、黒く、玄く、玄く、くろく。

「黒」

 何時か、信長公に言われた。「狂っている」と。かの御仁は、それをひどく愉快なことのように、そうしてどこか何かを見透かしたようにそうおっしゃった。
 狂気。黒。

「私は」

 幽玄の美、などというものは本当は人に成せる業ではない。

「黒く、黒く、くろく」

「あ? 利休居士が起きてこねえって? なんでオレに聞くのよ?」

 殿様に言われて、というか朝飯食ってただけなんだが、後ろに邪馬台国の二代目の女王さんもいるし、なんか大殿と茶々様もいるし、なんだこれ。面倒事の気配が……。

「成利にでも聞けば」
「そういうところでさらっと的確に判断できちゃうところがおぬしちょっとこう、バーサーカーって言いきれないとこあるよね」
「だってよぉ……面倒事だろ?」
「分かってるなら早くするし!」
「えええ……」

 茶々様にも言われて、申し訳なさそうにしている後ろの……何だっけ、壱与とかいう女王様、それから顔が青ざめてる殿様はただ単にお人よしに見えるんだがなあ……。

「つーかさ、利休居士が起きてこねぇなら、あれだろ? あの出羽の姫も起きてこねえんだろ?」
「分離してるかな、とおも思ったんだけども、その……」
「え、なんだよ、歯切れわりぃな」
「『利休様がお休みなのでお休みいたします』って書置きがあって、起きてこないというか……」

 そう言われて納得する。

「ああそういう。それなら寝かせとけや」
「やっぱりそう思うよね! やっぱりね! 言ったじゃんマスターさぁ、ワシも同じこと言ったじゃんかぁ……」

 そう大殿が溜息をついて殿様の肩を叩いたが、マスターと二代目女王様はまだ不安げだし、茶々様は……なんていうかそれ以上に死にそうだし。

「でも、こんなことになるとさ、いろいろ……」

 言葉を濁した殿様に、まあ言いたいことは分かるんだけどよ、と思いながらぼんやりとこういう面倒事に巻き込まれる連中の顔を思い浮かべてみる。思い浮かべてみるが、何だかんだと言ってもそういう面子は揃っていないわけだ、面倒なことに。

「共通点がねえわな……あ、あの人斬り集団のメガネそれで死んでんな」
「おぬしさーあのさーそれやめなね、やりたいことは分かるけどさぁ、いや、ワシもちょっと思ったけどさぁ……」
「だってよぉ、大殿。他のとつくにの連中はそういうのも多いそうだが、なんてんだ、利休居士と出羽の姫さんにはそういう相手がここにいねえわけでな」
「だーかーらーね、TPOってあるけど……まあそれしかないよね」
「伯母上、掌返さないでほしいし! そも、それなら妾でよいではないか、長可!」

 話の展開についていけない様子の殿様と女王さんにふと考えてしまう。

「武勲だの、国だの、主君だの、親兄弟だののために命を懸けるってのはいいことだったんだわ」
「はい……?」
「まー、人斬り集団の連中にしろ、勤王だったか維新、だったか? あいつらにしろ、そこを理想とか理念とか言い換えても命を懸けたり、死んだりするのは別にいいことだと思ってたんだろうよ」

 ピンとこない顔の二人を見返した。そうだよな、殿様はそういう時代じゃねえし……。それにしたって。

「だから、じゃねぇけどもよ。あの邪馬台国だったか、あそこで利休居士を止めたのがあの出羽の姫だったのはある意味で当たり前だったんだよ」

 言ってみればあんまりかもしんねぇ、と思った。それは、誰かが怒るには、狂うには、十分な理由だったように思えた。思えたが、それは。
 俯く茶々様に、ふと悲しくなった。ふと馬鹿馬鹿しくなった。

「あー……あれだ。大殿の茶室に利休居士寝かせといてくれ。そんでそこに沖田と山南呼んどけ」
「あれじゃないの。土方と斎藤と永倉も呼べば? 人斬りサークル全員呼べばいいと思うよ」
「大殿さぁ……席数考えろよ。利休居士寝かせとくんだぞ? それで末席まで入れて……亭主のオレの席も考えたら入りきらんわ」
「じゃあ今からちょっと利休のGO庵くっつけて増築するから全員呼べよ。だってさぁ……沖田だけじゃなくて、あやつら全員で殺したんじゃろ、山南のこと」

 言葉に殿様と女王様が驚いたように目を見開いた。そういう意味じゃないとしても、そういうことになるんだろうな。
 それが、当たり前だとしても。それを、誰も疑わないとしても。

 その茶室には、新選組の面々と利休居士、それから大殿と茶々様がいた。増築すると簡単に言っていたが、本当にものの数十分で増築されたそこは確かにしつらえられていたが、茶道具や細かいものはオレの持ち出しだし、活けた花はいろいろと考えたが朝顔を切ってきた。夏ってのは朝顔の首だろうよ。
 黄金の茶室。まるで殿下の驕りの象徴のように言われるが、それを見た利休居士は、むしろ賛辞を述べるほどだった。
 確かに利休居士は黒を好んだ。あの男の好む樂も黒樂ばかりだったし、天目や白磁に青磁も好まないとは言わないが、幽玄というのか、侘び寂びというのか、そういうものをより好んだように思えた。

「あの……すみません、詳しい説明がなかったのと、我々は、あまりこういう席には……」
「あー、なんだ、くつろいでろ」

 山南の言葉にそう返して菓子も手前もどうしたものかと思いながら、茶事までやる気はないぞ俺は、と思っているのだが、水屋にいるのが暫定成利な時点ですべて揃っているだろうと思うとかえって頭が痛い。

「くつろいでなにをしろと」
「あ?」
「土方君!」

 正客に据えた山南への返答に疑問を呈すようにそう鋭く言ってきた土方に、しかしまあ聞きたいことはそれだろう、とも思う。困惑したような残りの連中がそれぞれなんか着物着て座ってるのもだんだん可哀想に見えてきた、と思った時に大殿が言った。

「すまんけどもね、お茶飲みながらくつろいで山南が脱走して切腹するまでの経緯とか、気持ちとか語ってくれない?」

 気色ばんだ若い男二人は、腰に手をやりそれから戸口を見る。ああそうだな、刀は入り口で預けている。茶の湯は残念ながらそういう席だ。それにしても。

「大殿、そうもはっきり言うこたないだろ」
「だってさぁー、仕方ないじゃろ。ダーオカとか坂本たちと仲悪かったわりに、ぐだぐだサーヴァントで殺し殺されの関係って何気におまえらだけなんだから」

 そう言ってから大殿は色を喪った茶々様と目を覚まさない利休居士を見る。

「邪馬台国ってあの卑弥呼の方ね! 埴輪と戦った方だけども、そこでなんかおまえら解決したっぽいけども、利休そういうの知らないから、ごめんて」

 新選組の連中は、最初の内は完全に言葉を失っていたが、ぽつりと口を開いたのは沖田だった。

「なんでしょうね、山南さんの……いえ、全体的に邪馬台国で私たちは話し合うことが出来たので、出来ればアーカイブを見ていただきたいというか……」
「まあアレよね、新八は知らないでしょうけどもぉ、僕らは山南先生の気持ちを尊重してるんで」
「斎藤君、そういう言い方をしないでください」
「いや……実際その邪馬台国? だったか? それがあってもなくてもだ。山南先生の最期は、ある意味で俺も追い詰めることに加担していたしそのことをまだ詫びてもいない」
「君が詫びる必要のないことだからね、永倉君。というか、詫びてはいけない」
「けどよ……」
「というかだ、永倉。こいつを斬ったのは沖田だが、こいつを『殺した』のは俺だと何度言えば分かる……いや、おまえは分かっているだろうが、分かっていないのはむしろ斎藤や藤堂か」

 そいつらの言葉に溜息をつきながら、もう一度その黄金の茶室を見回した。

「そうだな、そうだよなあ……」
「え?」

 不思議そうにこちらを見てきたいつもはスーツの割に、なんだかんだ着物……持ってたんだなあ、切腹裃以外、とかひでぇこと思いつつもヘラヘラ男を見遣ってしまう。

「なあ、利休居士だってよ、殿下のことは嫌いじゃなかっただろ。最期は確かにいろいろあった。あんたの言うことも十二分に分かる。オレはあんたから茶の道具も買ったし、手前も受けたし、なんなら作法も習った。侘び茶ってのも殿下も面白いと思ってたんだろうし、それに、そこにある朝顔だってそうだ。殿下はおまえさんのことを認めていたし、慕っていた。何よりもおまえさんは殿下の才を認めていた。だけども」

 そう言ったら茶室には静寂が訪れた。静かなそこには、大殿と茶々様の刺すような視線、驚いたような新選組、そうして未だに目を覚まさない利休居士があった。

「だけどもおまえの生涯の仇は確かに殿下だろうさ。そうして殿下はここにはいない。殿下は確かに変わったかもしれないし、おまえの言う通りに心なく、何も考えずに乱心したかもしれない。それをそのまま唯々諾々と飲んでた治部少輔だか三成だか知らねぇが、それもひっくるめて気に食わないのも分かる」

 そう呟いたら沖田が口を開いた。

「だけど、それはあの二度目の邪馬台国で!」
「そうじゃねえんだ。利休居士は分かってるよ、こんなこと。ただ、この霊基の成り立ちが怨嗟を練り込んで黒として取り込んだものだとしたら、バーサーカーの発作みたいなもんなんだろう。そうしてそれを出羽の姫は止めなかった。なんでかってーと、おまえらみたいに、理由をしっかり話せないからだ」
「え……?」

 不思議そうにつぶやいた沖田と、困ったような顔の大人二人に、苦しそうな男二人、か。
 確かに殺し合いをしてそのまま同じ部屋にいるのはぐだぐだ? そういうくくりじゃこいつらだけなんだろう。恨み合っている部分があって、例えば坂本を殺そうとか、あの社長を殺そうとか、そういうもんがあったとして、逆もまたあったとして、それでも、だ。
 越後の軍神を信玄入道が討とうというのとも違う。
 女王さん方がクコチヒコ、だったか、あの男を討とうというのとも違う。

「理由が話せてたら、苦労しねぇだろ」
「あ……」

 正客に据えた山南がぽつりと言ってから畳に目を落とした。

「そうだったかもな。もしも殿下に利休居士を殺すだけの、腹を切らせるだけの理由があったなら、利休居士は迷わず切ったと思うさ。だけども治部少輔には『でっち上げた』理由しかなかった。そりゃああいつの立場上仕方ねぇけども。そうだっていうのに、利休居士のサーヴァントとして、バーサーカーとしての根幹は黒狂いもそうだが殿下に対する『怒り』だ。それは虐げられた民や弱者だという。その具現が出羽の姫だという」

 だが、と思った。確かに殿下は乱心したのだろう。そう映ったのだろう。治部少輔からさえそう見えただろう。それでも止まれなかったのは、止められなかったのは茶々様と治部少輔の咎かもしれない。
 そうして、出羽の姫さえ自身と同じく、いや、自身よりも惨く、畜生と同じく殺されたことを、もっと言うならば自分のように自刃の機会すら与えられなかったことを、利休居士は怒るのだろう。

「だけども、その怒りを止めるのはいつも駒姫その人だとしたら、それはまあこうやって朝寝したくもなるだろうよ」

 だがここに、それを話し合うべき、理由を聞くべき太閤殿下はいない。治部少輔はいない。
 そうして、出羽の姫は『理由』を求めない。

「それはあまりにも、不条理なように私には思えます」

 小さな声で、震えるような声で山南は言った。殺し殺され、それが当たり前だとして、だが、利休居士は。

「そうだよなあ……オレだって殺されたらムカつくけども、だがオレだって幾らでも首は挙げたから他人のことは言えねえんだけども。ていうか、ひとのこと言えねぇってのがあの時代は当たり前で、国やら何やら守るためなら何だってしたわけだ。出羽の姫はそれでいいという。それは戦国のそういう家に生まれてしまっちまったからだろうが、利休居士はそれでは駄目だと怒る」
「怒りに任せた結果がバーサーカーであるのなら、駒姫さんがそれを止めているということですか」
「まあ、そうだと思うけども。だから人を殺すのには理由がある、なんていう回りくどい話でもしてもらおうかと思っただけだ」

 そう言ったら、静かに利休居士が目を開けた。利休居士、とは言ったものの出羽の姫とどっちだか知らないが、と思ったが、そいつは身を起こして言った。

「これはまた、大きな茶席でございますな、長可様」
「聞いてたか」
「ええ。駒姫様にずいぶんと怒られましたが、あの方は最上の姫君なれば、戦国の世の習いはこの利休よりも身についていらっしゃる」
「死ぬことに理由を求めない、か」
「それが怖いのです。そうして、理由を話すことができるあなた方も怖い」

 そう言って利休は一座を見渡した。そうしたら大殿が口を開く。

「そりゃあそうじゃろ。二回目なんてそんなもん、普通ないもん。たまたまサーヴァント勤めしてるだけだからね。その結果、人斬りサークルも話し合えてるだけだからね」
「だが利休、恨むならば殿下を恨め、殿下を恨むならば妾を恨め。それは佐吉や多くの他の者に向けるものではなかろう」
「そうではありません、茶々様。理由など――」

 ああそうだ。殿下にも、治部少輔にも、或いはこの連中にも、俺にも。

「誰かを殺す理由なんざ、持ち合わせがなかったよ」

 本当を言うと、と付け足して、茶釜の前から退いた。当たり前のように利休はそこに収まり、手前を振舞った。茶室すら、道具すら、湯すら、何もかもありあわせのそこで。

「弘法は筆を選ばず、とはよく言ったもんだな」

 言葉に利休は微笑する。

「おや、長可様ともあろう方がそのように俗人のようなことを仰いますか? 弘法大師は筆を選んでおりましたでしょう?」
「……それもそうだ。あれは料紙も筆も、墨も何もかも見事なもんしか使ってないな」

 そのやりとりに、新選組の連中は食い入るようにこちらを見ていた。大殿と茶々様はどこか悲しそうだった。そのどちらもが、どうしても受け入れがたかった。

「さて、長可様より承った亭主の席、短い間でございますがこの利休めが勤めさせていただきます」

 そう言って利休は頭を下げた。

「短い間、ですか」

 山南の問に、小さく笑って彼は言う。

「ええ。駒姫様が目を覚ますまでの短い間にて」

 寝ているのはどちらだったのか、と思ってから、理由なんざどこにもないと思い直す。
 活けた朝顔はもうその花を閉じていた。
 ……じきにそれもしおれるだろう。

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