奏章Ⅳの感想と言うよりもアショカ王の話(ネタバレ含)

奏章Ⅳ終わったのでまとめの感想を書こうと思ったのですが、思った以上にいろいろあったので、ざっとした中身の話しか書けないなこれ、という感じなのもあり、今回の奏章Ⅳで実装されたアショカ王の話をします。します。
いろんな意味でやばい奴なので(私がやばい奴という意味)、気を付けてくださいね。

完全体分の10枚は確保したから許してほしい。スト限はすり抜けもないから今引くしかないんだよ。あと星4だったから本当にいのちたすかる。

そんな話です。奏章の話やネタバレも出てくるので追記以降は注意してください。

 

まずもって、PVでアショカ王が実装されそうだと分かったので生放送はタイムシフト予約だけして観るのを控えました。だって事前に何も知らない状態でやりたかった……それくらいには本気だった。
だから召喚画面で引いた時に「……?この声最近聴いたな?」から始まった(一人目は貯めこんでいた呼符からいらした)。
小西さん……!檜佐木君……!ってなってそれだけでもうなんか好きだった(迷惑千万な話である)。あと今回の奏章の舞台がイタリアなので(イタリアじゃなかったけども)イタリアにこんな声したギャングのボスいますね?ディアボロさんも大好きだよ!(やはり迷惑な話である)
それで最終再臨&スキルマまでしてみたんですが(奏章で連れまわして絆上げたかった)、あああああ、ってなったのが地獄っていうか暴虐時代も入ってるんだー……という。
と思いつつも、奏章でキャラクターを見る前にプロフィールやマイルームボイスを見たり聞いたりするのは道理に反すると思ったため、再臨ボイス以外は聞かずに奏章に行ってみました。

藤丸さぁ……!アショカ王と同じ安アパートで生活できるとかさぁ!キッチン共用とかさぁ!たまに当番でアショカ王が飯作ってるとかさぁ!そこ代わってくれないですか……!?(ただのやべぇやつ)
それはいいんですが、いや、よくないんですが、カドックもマシュももうちょっとことの重大さに気付いてほしいんですが、でも定時出勤、定時退勤、残業絶対しないマンの地獄勤めって最高におもしろかったです。なんなんだこの人。
それでやっぱり盈月の件で「地獄に縁がある」ということを言われて「地獄めぐり」的なあれでしたが、なんだろう、仏教の中でアショカ王というかアショーカ王って地獄にそんなに縁がある人物だったか?とサムレムコラボから思っていたのですが、仏法前の話ね、と思うと血なまぐさい話になるなあと思いました(雑なまとめ)。
全部終わってからプロフィールを読んでマイルームで話を聞いたのですが、自分の治世におけるダルマの重要さに気付くまでの暴虐を悔いてはいるし、暴力は忌むべきものだが、今の召喚された霊基は暴力を以て戦うものだ、それについて異論はない、仏はそれを課した、という達観というかなんというか……。ここまでくると救いも何もないなこの人……。

奏章の話からはずれますが、仏法に出会う前の自身の治世や在り方を「地獄」と見定めたアショカ王であり、それがまるで当然のことのように振る舞うのは何というか、どこか何か恐ろしいですね。いや、一般的にこういう解釈なのは分かっているし、なんの疑問もないんだけどもさ、そう思うと改めて奏章でのカドックとのやり取りが優しかったなあと思うし、リリスとのやり取りもやっぱり優しさから来たものなんだろうなあと思えました。

奏章では大きく二つかなあ、と思ったのが一つはカドックとの遣り取りでした。
カドックが迷っているときにたまたま台所にいたのがアショカ王というトンデモシーンでしたが、いろいろと考えることがあるなかで、この奏章Ⅳの大きなテーマになり得る罪と罰の考量、というものを「貴方自身が自分で決めなさい」というのをはっきりと言い切った訳ではないけれども示したのはここが最初だったような気がします。誰かに誰かが裁かれる、というのではなくて「自分で決めたらどうだ」というのと、だけども「決めてやることはできないが助言はしよう」という。
これは後から考えるとけっこう画期的なことだったのかもしれないなと思います。
メタトロン・ジャンヌを納得させること、裁判で勝つこと、証書をもらうために依頼をこなすこと、淑女を納得させること、という周りから認められることをずっと要求され続けていく話になっていく流れの前に、カドックと友達だということで、だけれども「自分で考えて自分で決めていいし、迷ったなら私にでも尋ねてもいい」と言っていたというのは結構、これ、だからカドックの最期を看たのがアショカ王だったのかなあというか。

自分の罪と言い切って、だけれども「藤丸とマシュに任せる」と言い、「後輩」と呼んで、それは誰かに裁かれたことでも、誰かに強制されたことでもなく、自分自身のキャスターと一緒に自分で選んだ道だったのはカドックにとって本当に良かったのではないかな、と思います。

それでいて、アショカ王は「カドックの友は藤丸とマシュだ」としっかり認めていながら自らの友でもあったと言う。優しいのだろうとも思うし、その一方で肩入れすれば助けられたかもしれないし、もっと藤丸やマシュと話をすればよかったとアショカ王自身が言っているのだからその通りなのでしょうが、そこに手を出さなかったのはあの人なんなんでしょうね。推測だけすれば、大令呪のことも含めて見えていたからなるようにしかならない、とか、決めるのはカドック自身だと思っていた、となると優しいけれど残酷な面もあって、そのへんはルーラーの公平さ、なのかなあ。

もう一つ、私としては奏章Ⅳの中でこれが一番だったのですが、リリスとマシュの関係、特にリリスの側からのマシュに対する感情への干渉が一番大きかったのが何だかんだと言いつつアショカ王だったように見えることが驚きでした。
リリスさんの単純な「憎悪」というか「嫌いだ」という感情について「それはいけない」ということを正面切って言ってるのって多分だけどもこの人だけなんですよね。
アショカ王がマシュに対するリリスの邪見、邪視を強く咎めるシーンがありますが、私の憶測ですが、アショカ王の奏章での立ち回りを見ているとリリスにマシュを嫌う明確な理由があれば止めなかったと思うのです。
それでも、リリスさんのそれがただ理由のない純粋な憎悪や嫌悪なら「やめろ」という。それはマシュに対する肩入れでもリリスに対する肩入れでもないけれど、どちらにも優しかったのではないかなあと感じます。
あの時点で「本当に何の理由もなく」リリスがマシュを「憎んでいる」のを知っているのはメタトロンですらどうだったか分からなくて、言峰神父は知っていたかもしれないけれど、メタ的に言えばギャラハッドは確実に知っていたのでしょうが、出てきているキャラクターの中では気づいていたのは接触できる範囲の中ではアショカ王だけだったと思います。
「ただ嫌いだから排斥する」という概念が出てきたのがメタトロン・ジャンヌの裁判での最後の方だしね。
マシュは理由もなく嫌われる、嫌われる理由が開示されないのはただ傷つくだけだし、その一方で、ただただ憎悪を募らせるリリスもそれは自傷行為に等しく傷つくのではないか、ということからあそこまで強く止めたのではないかな、と。それこそリリスが霊核を破壊されるレベルと思うほど。というか、もしそうなれば警告や諫言を超えて、両方の霊核を破壊してでも諍いを止めるというくらいはしそうだなあと思いました。破壊するなら両方だろうなあと思った。片方だけだと後味悪いから、くらいの単純な公平さで二人とも止めそう、あの人。

ちょっとまだ感情が追い付かないので、アショカ王のことはまた書きたいと思います。なんというか、私はこれすげぇ好きです。なんかすげぇやべぇこと言ってる気がするけども、FGOのアショカ王ですから許してほしい。

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