「切先が届いた時には、私は死んでいるのです」
私の言葉に、勇音は戸惑ったようだった。私は、何も知らない私の最後の副官に微笑みかけた。私は心のどこかで感じていた。彼女は、私の最後の副官になるだろう、と。
彼女を前に続かなかった言葉を、私は、暗く、延々たるその無間の地獄に呟いた。
「私は、行かなければならないのです」
それが剣八としての役目。
いいえ。
それが八千流としての役目。
私は歓喜した。
私と闘うことを是とする少年が現れたことを。
そして私は失望した。
私のその無力を。
彼と出会って、その計り知れない繰り返された死闘に、私は酔いしれた。
愉悦。
刀がぶつかり合うその瞬間に流れ込む全ての思考。肉を裂かれる感触。
全てが私を愉しませ、悦ばせた。
だけれど、その愉悦は永遠には続かなかった。彼の方が強かったのだ。私は彼と渡り合うことができず、そうして深い罪を負った。真の強者から牙を奪ったのだから。
私はその瞬間からこの日をずっと待っていた。
何度でも殺し、殺される、死と再生のその日を。
彼に、私を愉しませ、そうして絶望させたその真なる力を取り戻させる日を。
(なんて……)
彼の刀が私を貫いた時、私は歓喜した。私は絶望した。
なんて美しい力。
私を殺すには過ぎたる力。
さあ、全てを取り戻しなさい。
私のかばねを踏み越えなさい。
全て知っていた。彼の求める者、彼の求める物。
それは私ではない。私の先に行きなさい。
彼を甦らせるそれは祈りに似ていた。何度でも甦らせ、何度でも闘う。それは愉悦であり、同時に祈りだった。
どうか、どうか。
どうか、私を踏み越えて、その剣八と謂う名を、私から奪い尽くしてください。
これは私によって生み出された、だけれど貴方にこそ相応しい名。
行かなければ。その先へ。
少しも怖くはないのです。その無間の底へと落ちていくことは、少しも怖くはないのです。
貴方が力を取り戻すならば、私は私の死が喜ばしい。
信じるに値しない神に祈りましょう。
いいえ。
私の神は、あの日から貴方独りだった。
唯一人の私の神。
私を殺すことが出来る、唯一人の神に等しき男。
祈り、言祝ぎましょう。
貴方があなたに立ち戻るそれを。
私が唯一人求めた男。
私が唯一人、私を渡すと決めた男。
祈り、言祝ぎましょう。
別れを告げるそのことすら、私に愉悦を齎すのです。
遠退く意識の果てに、彼の叫び声が聞こえる。
私はその声に、万感の歓喜で以て、今、別れを告げる。
私の私を奪った人へ
剣八から剣八へ
2014/1/10